都道府県警察所属の警部補が自殺した場合において、当該都道府県警察を置く都道府県が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うとされた事例
判旨
使用者は、労働者に従事させる業務を管理するに際し、過度な疲労や心理的負荷により心身の健康を損なわないよう注意する義務を負い、これは都道府県警察の警察官に対しても同様に適用される。上司が過重な業務実態を把握し得る立場にありながら負担軽減措置を講じなかった場合、精神疾患による自殺について安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う。
問題の所在(論点)
都道府県警察において、上司が警察官の過重な業務実態を把握し、精神疾患や自殺の危険を予見して負担軽減措置を講ずべき安全配慮義務を負うか。また、本件において業務と自殺との間に相当因果関係が認められるか。
規範
使用者は、労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)を負う。この義務は、都道府県と警察官との間においても同様に認められる。また、労働者が長時間業務に従事し、疲労等が蓄積すれば精神疾患を発症し、自殺念慮が出現し得ることは広く知られた知見であり、上司が業務の過重性を認識し得た場合には、負担軽減措置を講ずべき義務が生じる。
重要事実
警察官Aは、交番長としての通常業務に加え、連続窃盗事件の見回り、実習生2名の指導員業務、海外研修の準備、及び異動に伴う引継作業に従事していた。自殺直前1か月の時間外勤務は117時間を超え、14日間連続勤務を2回行うなど極めて過密な態様であった。Aはストレス診断で最低評価(E)を受け、上司である地域課長に報告していたが、特段の措置は講じられなかった。Aはうつ病を発症し、平成24年3月に自殺した。Aの遺族(被上告人)が静岡県に対し損害賠償を求めた事案である。
あてはめ
まず、因果関係について、Aの自殺直前1か月の時間外勤務は前月の倍以上の117時間に達し、内容も複数の負荷が加わり大きく増加していた。当直明けの非番時も平均6時間以上勤務するなどの態様は、精神疾患を発症させ得る過重な業務といえ、他に寄与因子がない以上、業務と自殺の因果関係は是認される。次に、義務違反について、上司らは勤務日誌の閲覧や時間外勤務報告の受領を通じてAの具体的業務状況を把握し得る立場にあった。また、過重業務による精神疾患・自殺の危険は一般的知見であり、Aがストレス診断で最低評価であったことも地域課長は認識していた。したがって、上司らはAが心身の健康を損なう可能性を認識可能であったといえ、適切な調整等の負担軽減措置を講じなかった点に安全配慮義務違反が認められる。
結論
上告人(静岡県)は、Aの自殺について安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う。原審の判断は正当であり、本件上告を棄却する。
実務上の射程
電通事件(最二小判平12.3.24)の射程を警察官という特殊な勤務形態にも及ぼした判例である。長時間労働(月100時間超)や連続勤務といった客観的事態に加え、ストレス診断結果という具体的徴表を上司が認識していたことが、予見可能性および義務違反の認定において重要な考慮要素となる。公務災害認定基準や労災認定基準の知見を、過失認定の際の「経験則」としてしん酌する手法も実務上参考になる。
事件番号: 平成10(オ)217 / 裁判年月日: 平成12年3月24日 / 結論: その他
一 大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、甲の上司…