捜査機関が押収した各押収物には、被押収者らに対する各準強制性交等被疑事件等に関する動画データ等が記録されており、同動画データ等は、被害者とされた女性らに無断で撮影又は録音されたもので、これらが流布された場合には、同人らの名誉、人格等を著しく害し、同人らに多大な精神的苦痛を与えるなどの回復し難い不利益を生じさせる危険性があり、同動画データ等を含めた各押収物の還付を受けられないことにより被押収者に著しい不利益が生じていることはうかがわれないなど判示の事情(判文参照)の下では、被押収者が各押収物の還付を請求することは、権利の濫用として許されない。
捜査機関による押収処分を受けた者の還付請求が権利の濫用として許されないとされた事例
刑訴法123条1項、刑訴法222条1項、刑訴規則1条2項
判旨
押収物の還付請求が、被害者の名誉や人格を著しく害する不利益を生じさせる危険性がある一方で、還付を受けられないことによる申立人の不利益が認められない場合には、権利の濫用として許されない。
問題の所在(論点)
刑事訴訟法123条1項に基づく押収物の還付請求について、還付によって被害者の名誉・プライバシー等の重大な不利益が生じる恐れがある場合に、権利の濫用を理由にこれを拒否できるか。
規範
押収物の還付(刑事訴訟法123条1項)の請求であっても、その請求が、特定の個人(被害者等)の重大な権利・利益を害する具体的危険を生じさせる反面、還付を拒むことによる申立人の不利益が著しいとはいえない特段の事情がある場合には、権利の濫用として許されない。
重要事実
ナンパ塾を経営する申立人は、女性らに対する準強制性交等被疑事件に関連し、スマートフォン2台及びICレコーダーを差し押さえられた。これらには、被害女性Dが抗拒不能な状態でわいせつな行為を受ける動画や、被害女性Eの裸体画像等が記録されていた。これらは無断で撮影・録音されたものであり、流布されれば被害者の名誉・人格を著しく害し、回復し難い不利益を生じさせる危険があった。検察官はデータの消去に応じるなら還付する旨を申し出たが、申立人は別件の民事裁判等の証拠に必要であるとして拒否し、還付を請求した。
事件番号: 昭和44(し)70 / 裁判年月日: 昭和44年10月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑法上の特別抗告(刑訴法433条)において、違憲主張が実質的な法令違反にすぎない場合や、判例違反の具体的摘示がない場合は、正当な抗告理由にあたらない。 第1 事案の概要:抗告人は、原決定に対し最高裁判所へ特別抗告を申し立てた。抗告の趣旨において憲法違反を主張したが、その内容は実質的に単なる法令違反…
あてはめ
不還付物件に含まれる動画や画像データは、被害女性D及びEに無断で作成されたものであり、還付によってこれらが流布された場合には、被害者の名誉や人格等を著しく害し、多大な精神的苦痛を与える回復し難い不利益を生じさせる危険がある。一方で、申立人はこれらのデータが自己の無実を立証するために必要であると主張するが、これらが還付されないことにより申立人に著しい不利益が生じているとはうかがわれない。このような状況下での還付請求は、正当な権利行使の範囲を逸脱している。
結論
本件各不還付物件の還付を請求することは、権利の濫用として許されず、還付しない処分は相当である。
実務上の射程
捜査比例の原則や所有権の観点から原則として認められるべき還付請求に対し、被害者の名誉・人格権保護の観点から「権利の濫用」による制約を認めた実務上重要な判例である。答案上は、法文上の還付要件を満たす場合であっても、信義則・権利濫用の一般条項による調整が働く場面として位置づけられる。
事件番号: 令和7(し)177 / 裁判年月日: 令和7年11月10日 / 結論: その他
刑訴法430条の準抗告裁判所は、捜査機関の処分の当否を判断するに当たり、捜査機関が当該処分当時に収集していた資料のみならず、その当時の事実に関する資料であって、その後に捜査機関が収集し、又は裁判所に提出されたものについても考慮に入れるべきである。
事件番号: 昭和62(し)15 / 裁判年月日: 平成2年4月20日 / 結論: その他
刑訴法一二三条一項による押収物の還付は、被押収者が還付請求権を放棄するなどして原状を回復する必要がない場合又は被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に対してすべきである。
事件番号: 昭和43(し)91 / 裁判年月日: 昭和44年8月27日 / 結論: 棄却
司法警察員が押収物を被害者に還付した後、当該押収物が他に売却、搬出され、被害者方に存在しなくなつた場合には、当該被害者還付処分の取消を求める準抗告は、実益を欠き、不適法である。
事件番号: 昭和52(し)114 / 裁判年月日: 昭和54年12月12日 / 結論: 棄却
押収物が検察官の歳入編入処分により国の一般財産と混和し特定性を失つたときは、当該押収物の還付は不能である。