被告人は行動制御能力が著しく減退していた合理的な疑いが残るから心神耗弱の状態にあったとした第1審判決について,その認定は論理則,経験則等に照らして不合理であるとして,事実誤認を理由に破棄し,原審において何ら事実の取調べをすることなく,訴訟記録及び第1審裁判所において取り調べた証拠のみによって,直ちに完全責任能力を認めて自判をした原判決は,刑訴法400条ただし書に違反する。
被告人は心神耗弱の状態にあったとした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し何ら事実の取調べをすることなく完全責任能力を認めて自判をした原判決が,刑訴法400条ただし書に違反するとされた事例
刑訴法400条
判旨
第一審が心神耗弱を認めた判決に対し、控訴審が事実の取調べをすることなく、訴訟記録と第一審の証拠のみに基づき直ちに完全責任能力を認めて自判することは、刑訴法400条但書に違反する。
問題の所在(論点)
控訴審において、事実の取調べを行うことなく、第一審が認定した責任能力に関する事実判断を覆し、被告人に不利益な自判をすることが刑訴法400条但書に違反するか。
規範
控訴裁判所が被告人に不利益な方向に事実誤認を認めて自判する場合、特に精神障害等の複雑な評価を伴う責任能力の有無については、第一審の証拠のみで直ちに判断することは許されず、事実の取調べを要する場合がある(刑訴法400条但書の趣旨)。
重要事実
被告人がスーパーで食料品を窃取した事案。第一審は重症の窃盗症により行動制御能力が著しく減退していた合理的疑いがあるとして、心神耗弱による減軽を行い懲役4月とした。これに対し原審(控訴審)は、独自の事実取調べを行うことなく、第一審の証拠のみから完全責任能力を肯定して第一審判決を破棄し、懲役10月の自判を言い渡した。
事件番号: 令和6(あ)1161 / 裁判年月日: 令和7年7月7日 / 結論: 棄却
第1審裁判所が被害者の検察官調書抄本を刑訴法321条1項2号前段により採用する証拠決定をしたことについて、証拠能力をいまだ獲得していない証拠を採用し、事実認定に供した違法があるとして、同法397条1項、379条により第1審判決を破棄した原判決は、原審における事実の取調べの結果も踏まえ、前記証拠決定の時点で既に被害者が供…
あてはめ
第一審が、被告人の重症の窃盗症を理由に行動制御能力が著しく減退していた疑いを認め、心神耗弱と判断したのに対し、原審は犯行状況のみから自己の行動を相当程度制御できていたと断じ、論理則・経験則に照らし不合理であるとした。しかし、このような精神機能の評価が争点となる事案において、原審が新たな事実の取調べを一切行わず、訴訟記録のみで直ちに完全責任能力を認めて自判した手続は、事実誤認の審査の枠組みを超え、適正な事実認定を担保する同条の趣旨に反する。
結論
原判決には刑訴法400条但書の違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるため、原判決を破棄し差し戻すべきである。
実務上の射程
控訴審における事実誤認の審査(411条1号)及び自判(400条)の限界を示す。特に責任能力という高度な法的・規範的判断を伴う事実について、第一審の認定を「不合理」として否定し、かつ不利益に変更する場合には、原審独自の事実取調べを経ない限り自判は慎重であるべきという実務上の指針となる。
事件番号: 昭和27(あ)5877 / 裁判年月日: 昭和31年9月26日 / 結論: 破棄差戻
一 第一審判決が起訴にかかる公訴事実を認めるに足る証明がないとして、被告人に対し、無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が右判決は事実を誤認したものとしてこれを破棄し、自ら何ら事実の取調をすることなく、訴訟記録および第一審裁判所で取り調べた証拠のみによつて、直ちに被告事件について、犯罪事実の存在を確定し有罪の判決することは…