一 第一審判決が起訴にかかる公訴事実を認めるに足る証明がないとして、被告人に対し、無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が右判決は事実を誤認したものとしてこれを破棄し、自ら何ら事実の取調をすることなく、訴訟記録および第一審裁判所で取り調べた証拠のみによつて、直ちに被告事件について、犯罪事実の存在を確定し有罪の判決することは、刑訴法第四〇〇条但書の許さないところである。 (裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎、同池田克の少数意見) 犯罪の証明なしとして無罪の言渡をした第一審判決を破棄し、訴訟記録及び第一審裁判所において取り調べた証拠のみにより直ちに判決することができるものと認め被告人に対し有罪の言渡をした原判決には何ら違法はない。
犯罪の証明なしとして無罪を言い渡した第一審判決を控訴裁判所が書面審理のみにより破棄し、自ら有罪の言渡をすることと刑訴第四〇〇条但書
刑訴法400条,憲法31条,憲法37条,裁判所法11条
判旨
第一審が犯罪の証明なしとして無罪を言い渡した場合、控訴裁判所が自ら事実の取調をすることなく、記録と第一審の証拠のみに基づき直ちに有罪判決をすることは刑事訴訟法400条但書により許されない。
問題の所在(論点)
第一審の無罪判決を事実誤認により破棄する場合、控訴裁判所が自ら事実の取調をすることなく、第一審の証拠のみに基づき直ちに有罪判決を言い渡すこと(自判)は刑事訴訟法400条但書に照らして許されるか。
規範
第一審の無罪判決を破棄し、被告事件について直ちに犯罪事実を確定して有罪の判決を言い渡すことは、控訴裁判所が自ら「事実の取調」を行わない限り、刑事訴訟法400条但書の許さないところである。すなわち、控訴審が第一審の事実認定を覆して有罪とする場合には、原則として改めて事実の取調を要する。
重要事実
被告人は他人の自転車を窃取した窃盗罪の事実で起訴されたが、第一審は証明不十分として無罪を言い渡した。これに対し検察官が事実誤認を理由に控訴。控訴審(原審)は、自ら事実の取調を一切行うことなく、訴訟記録および第一審で取り調べた証拠のみに基づいて第一審判決を破棄し、直ちに被告人に対し有罪の判決を言い渡した。
あてはめ
本件において原審は、第一審が犯罪の証明がないとして無罪とした判断に対し、事実を誤認したものとしてこれを破棄している。しかし、原審は自ら事実の取調を全く行わず、単に第一審の証拠記録を再評価しただけで有罪の結論を導いている。このような手続は、控訴審における自判の限界を定めた刑訴法400条但書の解釈(昭和31年7月18日大法廷判決参照)に抵触し、適正な事実認定の保障を欠く違法なものといえる。
結論
自ら事実の取調をすることなく無罪の第一審判決を破棄して直ちに有罪を言い渡した原判決は違法であり、破棄を免れない。事件を東京高等裁判所に差し戻す。
実務上の射程
控訴審が第一審の無罪認定を覆す際の「事実の取調」の必要性を示す。答案上は、刑訴法400条但書に基づき、控訴審が第一審の証拠のみで逆転有罪判決を出すことの是非が問われる場面(特に公判中心主義・直接主義の観点)で、現行法上の手続的制約として引用する。
事件番号: 昭和28(あ)2891 / 裁判年月日: 昭和31年12月14日 / 結論: 破棄差戻
第一審裁判所が鑑定その他の証拠調をした上、被告人には是非善悪を弁別しこれに基いて行動する能力があると認めるに足る精神状態の存在は認められないから被告人は犯行当時心神喪失の状態にあつたとして無罪の判決を言渡したのに、控訴審が何ら事実の取調をしないで訴訟記録および第一審裁判所で取り調べた証拠だけによつて第一審判決を破棄し、…