使用者と労働組合との間の当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権を放棄する旨の合意につき,当該労働組合が当該労働者を代理して当該合意をしたなど,その効果が当該労働者に帰属することを基礎付ける事情はうかがわれないという事実関係の下においては,これにより当該債権が放棄されたということはできない。
使用者と労働組合との間の合意により当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権が放棄されたということはできないとされた事例
労働組合法14条
判旨
具体的に発生した賃金請求権を、事後に締結された労働協約の遡及適用により処分・変更することは許されず、支払の猶予についても労働者の特別の授権を要する。また、労働組合が会社と締結した未払賃金放棄の合意は、組合員に効果が帰属する特段の事情がない限り、個別の労働者の賃金債権を消滅させない。
問題の所在(論点)
1. 具体的に発生した賃金債権の弁済期を、事後の労働協約により遡及的に猶予することができるか。 2. 労働組合が締結した賃金債権放棄の合意は、組合員個人に当然に効力を及ぼすか。
規範
1. 具体的に発生した賃金請求権を、事後に締結された労働協約の遡及適用により処分・変更することは許されない。支払猶予についても、当該労働者による「特別の授権」がない限り、労働協約により行うことはできない。 2. 労働組合が会社との間で、既に具体的に発生している賃金債権を放棄する旨の合意(労働協約)を締結しても、その効果が個別の労働者に帰属することを基礎付ける事情(代理権の授与等)がない限り、個別の労働者の債権は消滅しない。
重要事実
運送会社Xは、経営悪化に伴い労働組合Yとの間で、賃金を20%カットし、その分を労働債権として確認した上で支払を12か月猶予する旨の労働協約(第1〜3協約)を順次締結した。組合員である労働者Aは、カットされた未払賃金の支払を求めて提訴したが、定年退職後の協議において組合Yと会社Xは未払賃金債権を放棄する旨の合意(本件合意)に至った。原審は、第1・2協約により具体的に発生済みの賃金についても支払が猶予され、その後の本件合意により債権が消滅したと判断した。
あてはめ
1. 本件各協約の締結前に具体的に発生していた賃金請求権については、Aによる特別の授権がない限り、労働協約の遡及適用により支払を猶予することはできない。 2. 本件合意はXと組合Yとの間でなされたものであり、組合YがAを代理して債権を放棄する権限があった等の特段の事情はうかがわれない。したがって、本件合意によってAの賃金債権が放棄されたとはいえない。 3. 猶予の対象となった賃金についても、経営改善を目的とした猶予期間が経過し、かつ部門閉鎖により猶予の理由が失われた以上、遅くともその時点(部門閉鎖時)で全ての弁済期が到来したといえる。
結論
Aの未払賃金請求を認容する。ただし、具体的に発生した時期により各賃金の弁済期が異なるため、遅延損害金の起算日については更なる審理を要するとして差し戻した。
実務上の射程
労働条件の不利益変更(遡及的変更)に関するリーディングケース。既発生の賃金債権が「私的財産」としての性質を強めることを背景に、組合の協約締結権限の限界を画した。答案上は、労働協約による処分の可否を論じる際、既発生債権か将来債権かを区別し、既発生債権については「特別の授権」の有無を検討する枠組みとして用いる。
事件番号: 平成5(オ)650 / 裁判年月日: 平成8年3月26日 / 結論: 棄却
一 労働組合法一七条所定の要件を満たす労働協約に定める基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益であっても、そのことだけで右の不利益部分について労働協約の効力を未組織の同種労働者に及ぼし得ないとすることはできないが、労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結さ…