一 労働組合法一七条所定の要件を満たす労働協約に定める基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益であっても、そのことだけで右の不利益部分について労働協約の効力を未組織の同種労働者に及ぼし得ないとすることはできないが、労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結されるに至った経緯、右労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、労働協約を右労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、その効力を右労働者に及ぼすことはできない。 二 定年年齢の改定、退職金算定方法の変更等を内容とし、労働組合法一七条所定の要件を満たす労働協約につき、その効力を未組織の同種労働者である甲に及ぼしたならば、甲は、これによって定年年齢が六歳引き下げられて、右労働協約の効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額が従来の退職金手当規程によって算出される金額よりも減額されることになるという大きな不利益だけを受ける立場にあり、しかも、甲は労働組合の組合員資格を認められていなかったなど判示の事実関係の下においては、従来の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていけば使用者の経営が著しく悪化することになるなどの事情があったとしても、退職金の額を右金額を下回る額にまで減額するという不利益を甲に甘受させることは著しく不合理であって、その限りにおいて、右労働協約の効力は甲に及ぶものではない。
一 労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益である場合における労働協約の一般的拘束力 二 未組織の同種労働者に対する労働協約の一般的拘束力が一部否定された事例
労働組合法17条
判旨
労働協約の一般的拘束力(労組法17条)の適用は、特定の未組織労働者に著しい不合理な不利益をもたらす特段の事情がある場合には否定される。また、就業規則の不利益変更も、その必要性や不利益の程度に照らし、法的規範性を是認できるだけの合理性がない限り無効である。
問題の所在(論点)
1. 労組法17条に基づき、非組合員に対して労働条件を不利益に変更する労働協約の一般的拘束力を認めることができるか。 2. 定年引き下げ及び退職金減額を内容とする就業規則の変更に「合理性」が認められるか。
規範
1. 労働協約の規範的効力が未組織労働者に及ぶ範囲について、原則として一部の不利益のみを理由にその効力を否定できないが、不利益の程度・内容、締結の経緯、組合員資格の有無等に照らし、適用が著しく不合理と認められる特段の事情があるときは、効力は及ばない。 2. 就業規則の不利益変更は、変更の必要性及び内容の両面からみて、労働者が被る不利益を考慮してもなお法的規範性を是認できるだけの合理性を有する場合に限り、その効力が認められる。
重要事実
上告人は経営悪化に伴い、定年年齢の統一と退職金支給率の引き下げを目的とした労働協約を労働組合と締結し、就業規則を変更した。これにより、非組合員であった被上告人(旧D部出身)の定年は63歳から57歳に引き下げられ、既に57歳を超えていた被上告人は協約締結日に即時退職扱いとなった。さらに、退職金額も従来の算定基準を下回る額まで減額された。上告人は、労組法17条に基づき本協約の効力が非組合員である被上告人にも及ぶと主張した。
あてはめ
1. 本件協約は、経営悪化回避という合理的な理由があるものの、被上告人にとっては適用日に即時退職となる上、既得権に近い退職金請求権を大幅に減額されるという甚大な不利益を一方的に強いるものである。被上告人は組合員資格も制限されており、代償金も不十分である。したがって、著しく不合理な特段の事情がある。 2. 就業規則変更についても、退職金支給率引き下げの必要性は高いが、即時退職となる者に対し、従来の基準(昭和53年度本俸額ベース)をさらに下回る額まで減額する点において、不利益が過大であり、法的合理性を欠く。
結論
本件労働協約の一般的拘束力は被上告人に及ばず、また就業規則の変更も、従来の算定額を下回る限度で合理性を欠き無効である。上告人は差額の支払義務を負う。
実務上の射程
集団的労働法における「一般的拘束力の限界」と、個別的労働法における「就業規則変更の合理性」の双方に言及した重要判例である。特に、既得権的性格の強い賃金・退職金請求権の処分や、組合員資格のない者への不利益波及を制限する論拠として、答案上極めて重要である。
事件番号: 平成5(オ)650 / 裁判年月日: 平成8年3月26日
【結論(判旨の要点)】労働協約の一般的拘束力(労組法17条)の適用は、特定の未組織労働者に著しい不利益をもたらす等の特段の事情がある場合には否定される。また、就業規則による不利益変更の合理性は、変更の必要性と内容の妥当性を相関的に判断し、既発生の権利を処分するに等しい不利益を課す場合は否定される。 第1 事案の概要:鉄…