定年の改定及び退職金支給基準率の変更を主たる内容とする労働協約に定められた基準を右協約締結当時五三歳であった組合員甲に適用すると、甲は、定年が六三歳から五七歳に、退職金支給基準率が七一・〇から五一・〇に引き下げられるという不利益を受けることになる場合であっても、甲が雇用されていた会社には、定年が六三歳の従業員と五五歳の従業員とがあり、定年の統一が長年の懸案事項であったところ、会社は、右協約締結の数年前から経営危機に陥り、定年の統一と退職金算定方法の改定を会社再建のための重要な施策と位置付けて組合との交渉を重ね、組合も、その決議機関における討議のほか、組合員による職場討議や投票等も行った上で右協約の締結に至ったものであり、右組合員の六三歳という従前の定年は、特殊な事情に由来する当時としては異例のものであって、右協約に定められた定年や退職金支給基準率は、当時の業界の水準と対比して低水準のものとはいえないなど判示の事実関係の下においては、甲に対する右協約の規範的効力を否定する理由はない。
一部の組合員の定年及び退職金支給基準率を不利益に変更する労働協約の規範的効力が認められた事例
労働組合法16条
判旨
労働協約による労働条件の不利益変更について、特定の組合員を殊更不利益に取り扱うなど組合の目的を逸脱して締結されたものでない限り、その規範的効力は肯定される。
問題の所在(論点)
労働協約により特定の組合員の労働条件を不利益に変更する場合、当該組合員の個別の同意がない限り、労働組合法16条の規範的効力は及ばないか。
規範
労働組合法16条の労働協約による労働条件の不利益変更について、個別の同意や授権は不要である。もっとも、当該協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されるなど、労働組合の目的を逸脱して締結された場合には、公序良俗(民法90条)に反し、その規範的効力は否定される。その判断にあたっては、協約締結に至る経緯、企業の経営状態、協約に定められた基準の全体としての合理性を総合考慮する。
重要事実
損害保険会社である被上告人は、鉄道保険部出身者(定年63歳)と一般従業員(同55歳)の労働条件統一を課題としていた。経営危機に直面した会社は、組合と交渉し、定年を57歳(一定の再雇用あり)とし退職金水準を引き下げる労働協約を締結した。組合員であった上告人は、定年が63歳から57歳に、退職金基準率も大幅に引き下げられる不利益を受けることとなったが、本協約の内容は当時の業界水準に照らし低水準ではなかった。
あてはめ
本件協約により上告人が受ける不利益は決して小さくない。しかし、①鉄道保険部出身者の優遇された定年は異例の特殊事情に由来するものであり、従前から統一が懸案であったこと、②会社が赤字による経営危機にあり、再建施策として行われたこと、③協約の基準は当時の損保業界の水準と比して低くないこと、④組合内部で職場討議や投票等を経て決定された経緯がある。これらに照らせば、本件協約は特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的としたものとはいえず、組合の目的を逸脱したものとは認められない。
結論
本件労働協約の規範的効力は否定されず、上告人の個別同意がなくとも、定年の引き下げ及び退職金算定方法の変更は有効である。
実務上の射程
朝日火災海上保険事件として知られ、労働協約による不利益変更の限界を示した重要判例である。答案上は、まず16条の規範的効力を示しつつ、限界事例として「組合の目的逸脱」の有無を判断する枠組みを用いる。本判決は、不利益が大きい場合でも、経営上の必要性や全体のバランス(合理性)があれば有効となりうることを示しており、あてはめではプロセスの民主性や業界水準との比較が鍵となる。
事件番号: 平成5(オ)650 / 裁判年月日: 平成8年3月26日
【結論(判旨の要点)】労働協約の一般的拘束力(労組法17条)の適用は、特定の未組織労働者に著しい不利益をもたらす等の特段の事情がある場合には否定される。また、就業規則による不利益変更の合理性は、変更の必要性と内容の妥当性を相関的に判断し、既発生の権利を処分するに等しい不利益を課す場合は否定される。 第1 事案の概要:鉄…
事件番号: 平成29(受)1889 / 裁判年月日: 平成31年4月25日 / 結論: その他
使用者と労働組合との間の当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権を放棄する旨の合意につき,当該労働組合が当該労働者を代理して当該合意をしたなど,その効果が当該労働者に帰属することを基礎付ける事情はうかがわれないという事実関係の下においては,これにより当該債権が放棄されたということはできない。