銀行が、就業規則を変更し、五五歳から六〇歳への定年延長及びこれに伴う五五歳以降の労働条件を定めた場合において、従前は、勤務に耐える健康状態にある男子行員が希望すれば五八歳までの定年後在職制度の適用を受けることができるという事実上の運用がされており、右変更により、定年後在職者が五八歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるなど、その労働条件が実質的に不利益に変更されるとしても、右変更は、当時六〇歳定年制の実現が社会的にも強く要請されている一方、定年延長に伴う賃金水準等の見直しの必要性も高いという状況の中で、行員の約九〇パーセントで組織されている労働組合からの提案を受け、交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであり、従前の五五歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえず、変更後の就業規則に基づく賃金水準は他行や社会一般の水準と比較してかなり高いなど判示の事情の下では、右就業規則の変更は、不利益緩和のための経過措置がなくても、合理的な内容のものであると認めることができないものではなく、右変更の一年半後に五五歳を迎える男子行員に対しても効力を生ずる。
五五歳から六〇歳への定年延長に伴い従前の五八歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更が有効とされた事例
労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)89条,労働基準法93条
判旨
就業規則の変更により賃金等の重要な労働条件を労働者に不利益に変更する場合、その変更が高度の必要性に基づいた合理的な内容であれば有効となる。本件では、定年延長に伴う賃金水準の調整が他行と比較して相当であり、多数組合との合意も経ていることから、経過措置を欠くとしても変更の合理性が認められる。
問題の所在(論点)
定年延長に伴う55歳以降の賃金減額を内容とする就業規則の不利益変更は、個々の労働者の同意なくして法的な合理性を認められるか。
規範
就業規則の変更が、その必要性及び内容の両面からみて、労働者が被る不利益を考慮してもなお法的規範性を是認できるだけの合理性を有する場合、労働者はその適用を拒めない。特に賃金等の重要条件を変更する場合、変更が当該不利益を受忍させることを許容できるだけの「高度の必要性に基づいた合理的な内容」であることを要する。合理性の有無は、①不利益の程度、②使用者側の変更の必要性、③変更後の内容の相当性、④代償措置、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥社会情勢等を総合考慮して判断する。
事件番号: 平成4(オ)2122 / 裁判年月日: 平成9年2月28日
【結論(判旨の要点)】就業規則の変更により賃金等の重要な労働条件を労働者に不利益に変更する場合、その効力が発生するためには、当該変更が労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であることを要する。本件の定年延長に伴う賃金減額は、定年延長という社会的要請や経営上の高度の必要性があり、かつ組…
重要事実
銀行である被上告人は、従来の55歳定年(男子は希望により58歳まで在職可能)を60歳に延長する際、就業規則等を変更し55歳以降の賃金水準を54歳時の6割程度に引き下げた。上告人は、55歳以降の賃金減額は既得権侵害であり無効と主張して差額を請求した。なお、変更に際しては全行員の約9割が加入する組合と妥結しており、福利厚生の拡充等の措置も講じられていたが、上告人のような管理職等のための経過措置は設けられていなかった。
あてはめ
①不利益性:55歳から58歳までの賃金総額が約940万円減少しており、58歳までの在職を期待していた者には相当の不利益がある。②必要性:60歳定年制は国家的な政策課題であり、中高年齢層の比率が高い被上告人にとって賃金体系の見直しは経営上の高度な必要性があった。③相当性:変更後の賃金水準は他行や一般社会と比較しても上位の部類に属する。④代償・経緯:福利厚生の改善が図られ、何より9割の組織率を持つ組合との交渉・合意を経ており、労使間の利益調整がなされたものといえる。経過措置がない点も、就業規則の画一的処理の要請から直ちに不合理とはいえない。
結論
本件就業規則の変更は、上告人に対する関係でも高度の必要性に基づいた合理的なものと認められ、有効である。請求棄却。
実務上の射程
不利益変更法理(労働契約法10条の法理)のリーディングケース。賃金等の核心的条件の変更には「高度の合理性」を要求しつつ、多数組合との合意や他社比較による水準の正当性を重視する実務上の指針となっている。特に定年延長に伴う賃金抑制の合理性を肯定した点に射程がある。
事件番号: 平成9(オ)2197 / 裁判年月日: 平成12年9月22日 / 結論: 破棄自判
信用金庫が、就業規則を変更し、完全週休二日制を実施する一方で、平日の所定労働時間を二五分間延長した場合において、平日の所定労働時間の延長は労働条件を不利益に変更するものであるが、右就業規則の変更により年間所定労働時間に大きな差は生じず休日が増加するから、従業員の被る不利益は全体的、実質的にみて必ずしも大きいものではなく…