市が,その経営する競艇事業に関して,競艇場に近接する水面に漁業権の設定を受けている漁業協同組合に対し公有水面使用協力費を支出したことが違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る当該支出を行った公営企業の管理者に対する損害賠償請求権及び上記組合に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の市議会の議決がされた場合において,次の(1)~(5)など判示の事情の下では,当該議決が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるということはできない。 (1) 当該支出が行われた当時,競艇場に近接する水面において上記組合の組合員らが漁業を営んでいたこと等からすれば,競艇事業の円滑な遂行のために上記協力費を支出する必要があると判断することが政策的観点を踏まえた判断として誤りであることが明らかであったとはいえず,また,上記協力費の支出が数十年にわたって継続され,年度ごとに協定書が作成され,市議会において決算の認定も受けていたなど所要の手続が履践されていたこと等からすれば,上記協力費の支出が合理性,必要性を欠くものであったことが明らかな状況であったとはいい難い。 (2) 上記協力費の支出に関し,上記組合から不当な働きかけが行われたなどの事情はうかがわれず,上記管理者が私利を図るために支出をしたものでもない。 (3) 当該議決は,上記協力費の支出が違法であるとの上記住民訴訟の第1審判決等の判断を前提とし,不当利得返還請求権を行使した場合の上記組合への影響が大きいことや上記管理者の帰責性が大きいとはいえないこと等を考慮してされたものであり,上記管理者や上記組合の支払義務を不当な目的で免れさせたものということはできない。 (4) 上記管理者の損害賠償責任は上記協力費の支出によって何らの利得も得ていない個人にとっては相当重い負担となり,また,上記組合に対する不当利得返還請求権の行使により,その財政運営に相当の悪影響を及ぼすおそれがある一方,これらの請求権の放棄によって市の財政に多大な影響が及ぶとはうかがわれない。 (5) 上記住民訴訟に先行する住民訴訟において上記協力費の支出を違法とした判決を契機に,上記協力費の支出は取りやめられ,上記管理者に対する減給処分が行われるなどの措置が既にとられている。
住民訴訟の係属中にされたその請求に係る市の損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を放棄する旨の市議会の議決が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるとはいえないとされた事例
地方自治法96条1項10号,地方自治法242条の2第1項4号
判旨
普通地方公共団体が議決により住民訴訟の対象である損害賠償請求権等を放棄することは、地方自治法の趣旨等に照らして不合理であり、議会の裁量権の範囲を逸脱・濫用すると認められない限り有効である。本件では、支出の政策的性格や関係者の帰責性の低さ、財政運営への影響等を総合考慮し、権利放棄を不合理ではないとして、議決を有効と認めた。
問題の所在(論点)
住民訴訟の対象となっている損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を、地方自治法96条1項10号に基づき議決により放棄することの可否、及びその裁量権逸脱・濫用の判断基準。
事件番号: 平成22(行ヒ)136 / 裁判年月日: 平成24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
1 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する旨の議会の議決がされた場合において,当該請求権の発生原因である公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響(その違法事由の性格や当該職員の帰責性等を含む。),当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有…
規範
地方公共団体が債権を放棄する議決の適否は、議会の裁量権に基本的に委ねられる。住民訴訟の対象である請求権を放棄する場合、①請求権の発生原因(財務会計行為の性質、内容、原因、経緯、影響)、②議決の趣旨・経緯、③放棄または行使の影響、④住民訴訟の係属状況、⑤事後の状況等の諸般の事情を総合考慮し、放棄が地方自治法の趣旨に照らして不合理であって裁量権の範囲の逸脱・濫用に当たるときは、当該議決は違法となり、放棄は無効となる。なお、①については、違法事由の性格や当該職員・公金受領者の帰責性も考慮される。
重要事実
鳴門市は、競艇事業に伴う漁業協力費を長年漁協(参加人)に支出していたが、住民訴訟により当該支出は合理性を欠き違法であると確定した。市側は、元企業局長(A)への損害賠償請求権及び漁協への不当利得返還請求権を取得したが、市議会は「漁協の経営打撃の回避」「Aに私利がないこと」「予算・決算手続の履践」等を理由に、これら請求権を放棄する議決(本件議決)を行った。これに対し住民が、本件議決は裁量権を逸脱し無効であると主張して、放棄された請求権の行使等を求めた。
あてはめ
①支出の性質:本件協力費は事業運営の円滑化という政策的判断に基づき数十年間継続され、毎年の決算認定も経ており、違法性が直ちに明白であったとは言い難い。よって、Aや漁協の帰責性は大きくない。②議決の趣旨:漁協の財政運営への配慮や個人であるAへの重い負担を考慮したものであり、不当な目的とは認められない。説明に一部不正確な点があっても審議過程に重大な影響はない。③影響:放棄による市の財政への悪影響は限定的である。④事後の状況:既に支出は停止され、関係者の処分も行われている。これらを総合すれば、本件議決が地方自治法の趣旨に照らして不合理であるとは認められない。
結論
本件議決は議会の裁量権の範囲内であり、適法・有効である。したがって、市の請求権は放棄により消滅しており、被上告人(住民)らの請求は棄却されるべきである。
実務上の射程
住民訴訟が提起・確定した後であっても、議会の議決による権利放棄が可能であることを認めた重要判例。答案では、単に「議決があるから有効」とするのではなく、判例が示した複数の考慮要素(特に当事者の帰責性や政策的目的)に事実を具体的にあてはめることが求められる。
事件番号: 平成29(行ヒ)226 / 裁判年月日: 平成30年11月6日 / 結論: 破棄自判
1 普通地方公共団体の財産の譲渡又は貸付けが適正な対価によるものであるとして議会に提出された議案を可決する議決がされた場合であっても,当該譲渡等の対価に加えてそれが適正であるか否かを判定するために参照すべき価格が提示され,両者の間に大きなかい離があることを踏まえつつ当該譲渡等を行う必要性と妥当性について審議がされた上で…
事件番号: 平成15(行ヒ)299 / 裁判年月日: 平成18年1月19日 / 結論: その他
県が,県議会議員の職にあった者の功労に報いるとともにその者らに引き続き県政の発展に寄与してもらう趣旨で,その者らのうち会則の趣旨に賛同する者を会員とする元県議会議員会の事業を補助するために補助金を交付した場合において,同補助金の対象となった事業がいずれも同会の会員を対象とした内部的な行事等であってその事業自体に公益性を…
事件番号: 平成22(行ヒ)102 / 裁判年月日: 平成24年4月20日 / 結論: 破棄自判
1 市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことにつき,次の(1)〜(4)など判示の事情の下では,市長に過失があるとはいえない。 (1) 同法は,地方公共団体が上記団体に支出した補助…