1 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する旨の議会の議決がされた場合において,当該請求権の発生原因である公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響(その違法事由の性格や当該職員の帰責性等を含む。),当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であってその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となる。 2 市の合併前の町による土地の購入の代金が過大でありその売買が違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る当時の町長に対する市の損害賠償請求権を放棄する旨の市議会の議決がされた場合において,次の(1)〜(6)など判示の事情の下で,放棄に係る裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たって考慮されるべき諸般の事情のうち,上記代金額の適正価格のほか上記住民訴訟の経緯や当該議案の提案理由書の記載の一部等について考慮しただけで,上記町長の帰責性の程度を判断するに足りる事情を十分に認定,考慮していないなど,上記売買契約締結行為の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響など考慮されるべき事情について十分に審理を尽くすことなく,直ちに当該議決が違法であるとした原審の判断には,違法がある。 (1) 町においては,上記土地を浄水場用地として取得する必要性があったものであり,用地取得の予定時期を数年過ぎても他に適当な候補地が見当たらない中で,水道事業の管理者としての町長は,用地取得の早急な実現に向けて努力すべき立場にあり,売買の交渉の期間や内容等について相応の裁量も有していた。 (2) 上記土地の売主が高額な代金額を要求した根拠は町の依頼した不動産鑑定士による鑑定評価額であり,町において中立的な専門家の関与なしに限られた期間内の当事者同士の交渉によって上記売主から代金額の大幅な引下げという譲歩を確実に引き出すことができたか否かは必ずしも明らかではなく,町長と上記売主との交渉の具体的な内容や状況等の事情も原審では明らかにされていない。 (3) 町長において上記代金額と適正価格との差額から不法な利益を得て私利を図る目的があったなどの事情は証拠上うかがわれず,主張もされていない。 (4) 上記代金額は町議会の議決を得た用地購入費の予算の枠内のもので,上記売買により浄水場用地が確保され浄水施設の設置等の早期実現が図られることによって,町ないし市及びその住民全体に相応の利益が及んでおり,町長が上記売買により不法な利益を得たなどの事情は証拠上うかがわれず,主張もされていない。 (5) 市議会における当該議案の提案理由書やこれに賛成した議員らの発言の中で,浄水場の建設は緊急を要しており浄水場用地として上記土地を取得する必要性は高く地元住民の要望も強かった等の指摘もされており,町長の賠償責任を不当な目的で免れさせたことをうかがわせる事情は原審では明らかにされていない。 (6) 浄水場用地の取得という公益的な政策目的に沿って町の執行機関が本来の責務として行う職務の遂行の過程における行為に関し,上記請求権の行使により執行機関の個人責任として直ちに1億数千万円の賠償責任の徴求がされた場合,長期的な観点からはこのような職務の遂行に萎縮的な影響を及ぼすなどのおそれもある。 (1につき補足意見,2につき補足意見及び意見がある。)
1 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する旨の議会の議決の適法性及び当該放棄の有効性に関する判断基準 2 住民訴訟の係属中にされたその請求に係る市の損害賠償請求権を放棄する旨の市議会の議決が違法であるとした原審の判断に違法があるとされた事例
(1,2につき)地方自治法96条1項10号,地方自治法242条の2第1項4号
判旨
住民訴訟の対象である損害賠償請求権を議会が放棄する議決は、原則として議会の裁量に委ねられるが、諸般の事情を総合考慮して不合理と認められる場合には裁量権の逸脱・濫用として無効となる。
事件番号: 平成29(行ヒ)226 / 裁判年月日: 平成30年11月6日 / 結論: 破棄自判
1 普通地方公共団体の財産の譲渡又は貸付けが適正な対価によるものであるとして議会に提出された議案を可決する議決がされた場合であっても,当該譲渡等の対価に加えてそれが適正であるか否かを判定するために参照すべき価格が提示され,両者の間に大きなかい離があることを踏まえつつ当該譲渡等を行う必要性と妥当性について審議がされた上で…
問題の所在(論点)
住民訴訟の対象となっている地方公共団体の損害賠償請求権を、議会の議決により放棄することの可否、およびその裁量権の限界が問題となる。
規範
普通地方公共団体の議会による権利放棄の議決(地方自治法96条1項10号)は、基本的に議会の裁量に委ねられる。もっとも、住民訴訟の対象となっている損害賠償請求権等の放棄については、①当該請求権の発生原因である財務会計行為の性質・内容・原因・経緯・影響(職員の帰責性等)、②議決の趣旨・経緯、③放棄又は行使が地方公共団体に与える影響、④住民訴訟の係属の有無・経緯、⑤事後の状況等の諸般の事情を総合考慮し、放棄することが地方自治法の趣旨等に照らして不合理と認められるときは、裁量権の範囲を逸脱・濫用したものとして違法・無効となる。
重要事実
栃木県旧氏家町(現さくら市)の町長Aは、浄水場用地として、不動産業者Bが競売で約4500万円で取得した土地を、不動産鑑定士Cの極めてずさんな鑑定評価額(約2億7390万円)を鵜呑みにし、2億5000万円で購入した。住民がAの賠償責任を求めて提起した住民訴訟の控訴審において、判決言い渡し直前に、市議会は「Aに裁量逸脱はなく取得は緊急かつ必然であった」として損害賠償請求権を全額放棄する議決を行った。原審は、この議決は裁判所の判断に優先しようとするもので三権分立に反し無効であると判断したため、上告された。
あてはめ
原審は、本件議決が「裁判所の判断を阻止する目的」であることを重視して直ちに無効としたが、これは誤りである。本件財務会計行為(土地購入)は、代金額が不当に高額という違法事由はあるものの、用地取得の必要性自体は認められ、Aに私利を図る目的もなかった。また、高額賠償の請求は執行機関に萎縮的影響を与える懸念もあり、一定の免責を認める合理的理由もあり得る。議決の適法性は、Aの交渉過程における具体的な帰責性の程度や、議会審議において不当な目的(単なる責任回避等)がなかったか等の事情を、上記規範に照らして詳細に審理した上で判断されるべきである。
結論
議会の放棄議決は直ちに三権分立違反となるものではない。諸般の事情を総合考慮せずに、議決の時期や提案理由の一部のみから直ちに裁量権の逸脱・濫用と断じた原審の判断には審理不尽・法令解釈の誤りがあるため、破棄差し戻しとする。
実務上の射程
住民訴訟係属中の議会による「後出し」の権利放棄について、司法審査を回避する目的のみでなされた場合は濫用となるが、事案の公益性や賠償額の過酷さ等の合理的理由があれば認められ得る。答案では、原審が示した「三権分立論」を否定しつつ、最高裁が示した多角的な「総合考慮」の判断枠組みを明示することが重要である。
事件番号: 平成29(行ヒ)185 / 裁判年月日: 平成30年10月23日 / 結論: 破棄自判
市が,その経営する競艇事業に関して,競艇場に近接する水面に漁業権の設定を受けている漁業協同組合に対し公有水面使用協力費を支出したことが違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る当該支出を行った公営企業の管理者に対する損害賠償請求権及び上記組合に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の市議会の議決がされた…
事件番号: 平成17(行ヒ)304 / 裁判年月日: 平成20年1月18日 / 結論: 破棄差戻
普通地方公共団体が,土地開発公社との間で締結した土地の先行取得の委託契約に基づく義務の履行として,当該土地開発公社が取得した当該土地を買い取る売買契約を締結する場合であっても,次の(1)又は(2)のときには,当該売買契約の締結は違法となる。 (1) 上記委託契約を締結した普通地方公共団体の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱…
事件番号: 平成21(行ヒ)162 / 裁判年月日: 平成21年12月17日 / 結論: 破棄自判
市が土地開発公社に対し土地の先行取得を委託する契約が,私法上無効とはいえず,また市にその取消権又は解除権があるとはいえないものの,著しく合理性を欠き,そのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合であっても,次の(1),(2)など判示の事情の下では,客観的にみて市が上記委託契約を解消すること…
事件番号: 平成22(行ヒ)102 / 裁判年月日: 平成24年4月20日 / 結論: 破棄自判
1 市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことにつき,次の(1)〜(4)など判示の事情の下では,市長に過失があるとはいえない。 (1) 同法は,地方公共団体が上記団体に支出した補助…