1 拘束者(母親)により国境を越えて日本への連れ去りをされた被拘束者(子)が,現在,13歳で意思能力を有し,拘束者の下にとどまる意思を表明しているとしても,次の(1),(2)など判示の事情の下においては,被拘束者が拘束者の下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的,客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれているとともに,当該意思決定に際し,拘束者が被拘束者に対して不当な心理的影響を及ぼしているといえることから,被拘束者が自由意思に基づいて拘束者の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり,拘束者の被拘束者に対する監護は,人身保護法及び同規則にいう拘束に当たる。 (1) 被拘束者は,出生してから来日するまで米国で過ごしており,日本に生活の基盤を有していなかったところ,上記連れ去りによって11歳3箇月の時に来日し,その後,米国に居住する請求者(父親)との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず,来日以来,拘束者に大きく依存して生活せざるを得ない状況にある。 (2) 拘束者は,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づき,拘束者に対して米国に被拘束者を返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず,被拘束者を米国に返還しない態度を示し,子の返還の代替執行に際しても,被拘束者の面前で激しく抵抗するなどしている。 2 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づき,拘束者に対して当該子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず,拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には,その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り,拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性がある。
1 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において,意思能力のある子に対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるとされた事例 2 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において,拘束者が国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づく子の返還を命ずる終局決定に従わないまま子を監護することにより拘束している場合における,拘束の顕著な違法性
(1,2につき) 人身保護法2条1項 (1につき) 人身保護規則3条,人身保護規則5条 (2につき) 人身保護規則4条
判旨
国境を越えた連れ去り後の子の監護に関し、子が多面的・客観的な情報を十分に取得できず、親から不当な心理的影響を受けている等の事情がある場合、子の意思表示のみを以て自由意思による滞留とは認められず、ハーグ返還決定に従わない監護は特段の事情がない限り顕著な違法性が認められる。
問題の所在(論点)
1. 監護者(母)の下にとどまる旨の子の意思表示がある場合でも、人身保護法上の「拘束」が認められるか。 2. ハーグ返還決定が確定している状況での監護は、拘束の「顕著な違法性」を基礎付けるか。
規範
1. 意思能力ある子の監護が人身保護法上の「拘束」に当たるかは、子が自由意思に基づき滞留しているといえない特段の事情の有無で判断する。その際、連れ去り後の子が意思決定に必要な多面的・客観的情報を十分に得ているか、親から不当な心理的影響を受けていないかを慎重に検討すべきである。 2. 実施法に基づく子を返還せよとの終局決定(ハーグ返還決定)が確定したにもかかわらずこれに従わない監護は、その監護を解くことが著しく不当と認められる特段の事情がない限り、拘束の「顕著な違法性」が認められる。
重要事実
日本国籍を有する父母が米国に居住し重国籍の子をもうけたが、関係悪化により母が父に無断で11歳の子を連れ日本に帰国した。父の申立てにより日本で子の米国返還を命じる決定が確定し、執行官による代替執行が試みられたが、母が激しく抵抗し、子も米国行きを拒絶したため不能となった。その後、13歳となった子は「自らの意思で日本滞留を希望する」旨述べていたが、生活の基盤は母に強く依存し、返還後の生活等の客観的な情報を十分に得られていない状況にあった。父は人身保護法に基づき子の釈放を求めた。
あてはめ
1. 被拘束者は13歳で意思能力はあるが、来日以来母に強く依存し、父との疎通も困難で、代替執行時の母の激しい抵抗を目前にしていた。このような状況下では、返還後の生活等に関する多面的・客観的な情報を得ているとはいえず、母の不当な心理的影響を受けているといわざるを得ない。よって、自由意思による滞留とはいえない特段の事情があり、「拘束」に当たる。 2. ハーグ返還決定が確定しているにもかかわらず母はこれに抵抗し、返還に従わず監護を継続している。監護を解くことが著しく不当であるとの特段の事情も認められないため、拘束には「顕著な違法性」がある。
結論
母による被拘束者の監護は、人身保護法上の「拘束」に当たり、かつ「顕著な違法性」が認められるため、本件請求は認容されるべきである(原判決破棄・差戻し)。
実務上の射程
ハーグ条約実施法に基づく返還決定の効力を人身保護手続においても実効化させる射程を持つ。子の「自由な意思」の認定にあたり、単なる本人の供述だけでなく、情報の偏りや親による心理的影響を考慮すべきとする判断枠組みは、離婚・監護を巡る国内事案でも応用可能である。
事件番号: 昭和49(オ)782 / 裁判年月日: 昭和49年11月29日 / 結論: 棄却
人身保護規則三六条の規定はいわゆる訓示的規定であり、これに反する判決が当然無効となるものではない。