快速列車の運転士が制限速度を大幅に超過し,転覆限界速度をも超える速度で同列車を曲線(本件曲線)に進入させたことにより同列車が脱線転覆し,多数の乗客が死傷した鉄道事故について,同事故以前の法令上,曲線に自動列車停止装置(ATS)を整備することは義務付けられておらず,大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと,同列車を運行する鉄道会社の歴代社長らが,管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から,特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められないこと等の本件事実関係(判文参照)の下では,歴代社長らにおいて,ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対しATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったとはいえない。 (補足意見がある。)
曲線での速度超過により列車が脱線転覆し多数の乗客が死傷した鉄道事故について,鉄道会社の歴代社長らに業務上過失致死傷罪が成立しないとされた事例
刑法(平成18年法律第36号による改正前のもの)211条1項前段
判旨
鉄道会社の代表取締役に対し、特定の曲線における脱線事故を防止するためのATS整備指示義務(業務上過失致死傷罪)を認めるには、単に「速度超過があれば転覆の危険がある」という抽象的な認識では足りず、当該曲線の具体的な危険性を個別的に予見できる状況にあることを要する。
問題の所在(論点)
鉄道会社の経営トップである代表取締役において、管内に多数存在する曲線の中から、本件曲線で脱線転覆事故が発生する具体的な危険性を予見し、主管部門にATS整備を指示すべき業務上の注意義務が認められるか。
規範
業務上過失致死傷罪における結果回避義務の前提となる予見可能性は、当該事故の原因となった特定の事実関係(本件では特定の曲線における脱線転覆の危険)に特化して認められる必要がある。予見可能性の程度は、問われている具体的な注意義務の内容や、当時の法令、業界の整備実態等の具体的状況に応じ、相対的に判断されるべきである。
事件番号: 令和5(あ)246 / 裁判年月日: 令和7年3月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】巨大津波による原発事故について、信頼度が低く行政等にも採用されていない長期評価等の知見は、直ちに運転停止措置を講ずべき具体的な予見可能性を基礎付けるものとは認められない。 第1 事案の概要:東京電力の役員であった被告人らは、地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」に基づき、福島第一原発に10m盤…
重要事実
JR西日本の福知山線において、制限速度を大幅に超過した列車が曲線で脱線転覆し、多数の死傷者が発生した。検察官(指定弁護士)は、歴代社長3名に対し、本件曲線に自動列車停止装置(ATS)を整備するよう鉄道本部長に指示すべき義務があったとして起訴した。当時、曲線へのATS整備は法令上の義務ではなく、JR西日本管内には本件と同様またはそれ以上に急な曲線が2000箇所以上存在していた。また、ATS整備の具体的計画は鉄道本部長の権限に委ねられていた。
あてはめ
まず、本件事故当時の法令や実務において曲線へのATS設置は義務化されておらず、多くの鉄道事業者が未整備であった。次に、社内の職掌上、個別曲線の安全性判断は鉄道本部長に委ねられており、社長らが個別の危険情報に接する機会は乏しかった。さらに、管内に2000箇所以上の同種曲線が存在する中で、本件曲線が特に危険であるという認識が組織内で共有されていた事実もない。したがって、被告人らが本件曲線を特筆すべき危険箇所として認識できたとは認められない。指定弁護士が主張する「速度超過があれば転覆する」という一般論的な認識のみでは、刑事責任を問うに足りる具体的な予見可能性を肯定することはできない。
結論
被告人らに本件曲線へのATS整備を指示すべき具体的な注意義務があったとは認められず、無罪とした原判決は正当である。
実務上の射程
組織の経営者に対する過失責任の追及において、結果回避義務の前提となる予見可能性をどの程度具体化すべきかを示した事例。特に、当時の法令や業界水準(信頼の原則的な考慮)および組織内の権限分配が、個人の注意義務の存否を左右する重要な考慮要素となる。大規模火災事例などの先行判決と比較し、法令上の義務がない状況での「具体的な予見」のハードルを高く設定している。
事件番号: 平成26(あ)1105 / 裁判年月日: 平成28年5月25日 / 結論: 棄却
ガス抜き配管内で結露水が滞留してメタンガスが漏出したことによって生じた温泉施設の爆発事故について,その建設工事を請け負った建設会社における温泉一次処理施設の設計担当者として,職掌上,同施設の保守管理に関わる設計上の留意事項を施工部門に対して伝達すべき立場にあり,自ら,ガス抜き配管に取り付けられた水抜きバルブの開閉状態に…
事件番号: 平成10(あ)677 / 裁判年月日: 平成13年2月7日 / 結論: 棄却
県が発注したトンネル型水路部分を含む水路建設工事につき,トンネル内に周辺の河川からあふれ出た水が流れ込むのを防止する目的で構造物が設置され,当該構造物が周辺の河川からあふれ出た水の水圧で決壊することを予見することができたなど判示の事実関係の下においては,当該構造物の管理を担当する県職員は,決壊による危険を回避するため,…
事件番号: 平成26(あ)747 / 裁判年月日: 平成28年7月12日 / 結論: 棄却
花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,警備計画策定の第一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあった警察署地域官と,同署副署長ないし署警備本部の警備副本部長として同署署長を補佐する立場にあった被告人とでは,分担する役割や事故発生の防止…
事件番号: 平成21(あ)359 / 裁判年月日: 平成24年2月8日 / 結論: 棄却
1 トラックのハブが走行中に輪切り破損したために前輪タイヤ等が脱落し,歩行者らに衝突して死傷させた事故について,以前の類似事故事案を処理する時点で,ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあり,そのおそれの強さや,予測される事故の重大性,多発性に加え,同トラックの製造会社が事故関係の情報を一手に把握していたなど…