ガス抜き配管内で結露水が滞留してメタンガスが漏出したことによって生じた温泉施設の爆発事故について,その建設工事を請け負った建設会社における温泉一次処理施設の設計担当者として,職掌上,同施設の保守管理に関わる設計上の留意事項を施工部門に対して伝達すべき立場にあり,自ら,ガス抜き配管に取り付けられた水抜きバルブの開閉状態について指示を変更して結露水の水抜き作業という新たな管理事項を生じさせたこと,そして,同作業の意義や必要性を施工部門に対して的確かつ容易に伝達することができ,それによって爆発の危険の発生を回避することができたことなどの本件事実関係(判文参照)の下では,被告人には,同作業に係る情報を,建設会社の施工担当者を通じ,あるいは自ら直接,本件温泉施設の発注会社の担当者に対して確実に説明し,メタンガスの爆発事故の発生を防止すべき業務上の注意義務があった。 (補足意見がある。)
ガス抜き配管内で結露水が滞留してメタンガスが漏出したことによって生じた温泉施設の爆発事故について,設計担当者に結露水の水抜き作業に係る情報を確実に説明すべき業務上の注意義務があったとされた事例
刑法(平成25年法律第86号による改正前のもの)211条1項前段
判旨
設計担当者が、設計上の不備を補うための管理事項(水抜き作業)の必要性を把握した場合には、これを施工担当者等に確実に説明し、爆発事故等の危険発生を防止すべき業務上の注意義務を負う。また、当該情報を伝達していない以上、施工担当者が適切に管理することを期待する「信頼の原則」の適用は否定される。
問題の所在(論点)
温泉施設の設計担当者が、設計変更に伴い新たに生じた安全管理上の重要事項(結露水の水抜き作業)について、施工部門や発注者へ伝達・説明すべき業務上の注意義務を負うか。また、施工担当者の適切な行動を期待し得るとして信頼の原則が適用されるか。
規範
1. 業務上の注意義務:設計担当者は、職掌上、施設の保守管理に関わる設計上の留意事項を施工部門に伝達すべき立場にある。自らの指示変更により安全管理上重要な新たな管理事項が生じ、かつ情報の伝達が容易かつ可能であれば、当該情報を確実に説明し、事故を防止すべき業務上の注意義務を負う。 2. 信頼の原則:他者の適切な行動を信頼して自らの注意義務を免れるためには、その信頼を正当化する基礎が必要である。適切な情報伝達を怠っている場合には、他者が適切な行動をとると信頼する基礎を欠く。 3. 予見可能性:結果発生に至る経過に複数の事態が介在する場合でも、基本となる安全システムの欠陥から生じうる危険の性質に鑑み、事故発生の機序が抽象的に予見可能であれば足りる。
重要事実
被告人は温泉施設の設計担当であり、メタンガスの爆発防止に結露水排出が重要と認識していた。当初「常開」とした水抜きバルブを、下請けの指摘で「常閉」へ口頭指示したため、手動での水抜き作業が不可欠となった。しかし、被告人は施工担当者に対し、水抜き作業の意義や不履行による危険性を記載・説明しなかった。その結果、バルブは一度も開かれず、滞留したメタンガスが漏出して爆発し、死傷者が発生した。
あてはめ
1. 被告人は高度な知識を持つ設計担当者として、自らの指示変更が爆発防止という安全管理上の核心に関わることを認識できた。また、施工部門に情報を伝達することは容易であったから、説明義務(注意義務)が認められる。 2. 被告人は、設計図(本件スケッチ)に結露水排出の意義を記載せず、指示変更後も十分な情報を伝達していなかった。したがって、施工担当者が発注者に適切な説明を行うと信頼する基礎はなく、信頼の原則は適用されない。 3. 排気ファンの停止や警報不作動が重なったとしても、第一義的な安全装置であるガス抜き配管の機能喪失が爆発を招くことは、設計の全体像から予見可能であったといえる。
結論
被告人は、情報伝達を怠った点について業務上の注意義務違反(過失)が認められ、業務上過失致死傷罪が成立する。
実務上の射程
専門的な分業体制下にある設計者であっても、自身の判断で生じた新たなリスクについては、後続の部門へ情報共有を行うべき具体的な作為義務が課される。設計の不備を事実上の運用でカバーさせようとする際の責任の所在を明確にした事例といえる。
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