行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきであり,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容した刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合における刑法36条の急迫性の判断方法
刑法36条
判旨
侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、急迫性の要件は、対抗行為に先行する事情を含めた全般の状況に照らし、積極的加害意思で侵害に臨んだなど、緊急保護の趣旨に反する場合には否定される。
問題の所在(論点)
侵害を予期して武器を準備した上で現場に赴き、対抗行為に及んだ場合において、刑法36条1項の「急迫」性の要件が認められるか。
規範
侵害を予期していたことから直ちに急迫性が失われるわけではないが、行為全般の状況(従前の関係、予期の内容・程度、侵害回避の容易性、場所へ出向く必要性、凶器準備の状況、実際の侵害との異同、意思内容等)を総合考慮すべきである。その結果、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思(積極的加害意思)で侵害に臨んだときなど、刑法36条の趣旨(公的保護を求められない緊急状況下での例外的な対抗行為の許容)に照らし許容されない場合には、急迫性の要件を満たさない。
重要事実
事件番号: 昭和28(あ)5025 / 裁判年月日: 昭和30年10月25日 / 結論: 棄却
被告人が被害者と対面するにおいては攻撃を受ける蓋然性が覆い状況の下に、被害者に対面して謝罪させ相手が攻撃して来たらこれに立ち向うため日本刀一振を拔身のまま携え、被害者の様子を窺ううち、被害者が被告人を認め矢庭に出刃庖丁をもつて突きかかつて来た場合、被害者が不正な侵害は急迫なものといえず、被告人の被害者に加えた傷害行為は…
被告人は、知人Aから電話等で「けじめをつけた。仲間と攻撃を加える」等の因縁を付けられ、自宅にいる際にマンション前へ呼び出された。被告人は、Aが凶器を用いる等の暴行を加えられることを十分予期しながら、警察への通報等の回避手段をとらずに、あえて包丁(刃体13.8cm)を準備して現場へ赴いた。被告人はAがハンマーを持って駆け寄り殴りかかってきた際、威嚇することなく、包丁でAの胸部を強く突き刺して殺害した。
あてはめ
被告人は、Aからの攻撃を十分予期しており、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず、あえて包丁を準備して自ら現場に出向いている。また、実際の対抗行為においても、包丁を誇示して威嚇する等の防衛的な行動を挟まずに、ハンマーで攻撃してくるAに対し至近距離から殺傷能力の高い包丁で突き刺している。これらの先行事情を含む状況を総合すれば、被告人は侵害の機会を利用して積極的に加害行為を行う意思で侵害に臨んだものといえ、自力救済を例外的に許容する正当防衛の趣旨に照らして許容されない。
結論
被告人の行為は急迫性の要件を欠き、正当防衛(及び過剰防衛)は成立しない。
実務上の射程
「侵害の予期」がある事案における急迫性判断のリーディングケースである。答案では、単に「予期があったから急迫性なし」とするのではなく、判例が挙げた考慮要素(特に回避容易性、武器準備、場所に出向く必要性)を具体的事実に即して検討し、最終的に「積極的加害意思」や「法益保護の必要性」の有無を評価して結論を導く必要がある。
事件番号: 昭和28(あ)3660 / 裁判年月日: 昭和29年2月2日 / 結論: 棄却
第一審判決の認定した事実によれば、被告人はAにその名を呼ばれたので救いを求められたものと考え、当該場所に行つたのであるが、その後常に攻勢に出で、被害者Bに対し「……その喧嘩は俺が買つた」といい、「同人をその場に引き倒した後場所をかえあらためて勝負をつけようと考え、場合によつてはそれを用いて切りつけんがため前記Cから刺身…
事件番号: 昭和57(あ)648 / 裁判年月日: 昭和59年1月30日 / 結論: 破棄自判
相手方から一方的に暴行を受けた被告人が、帰寮後も憤まん収まらず、いつたんは木刀を手にして相手方と対峙し同人を難詰したものの、同僚の説得に従い、話合いをするため木刀を投げ捨てその場を離れたにもかかわらず、予期に反して相手方がいきなり右木刀を拾い上げ攻撃してきた本件事実関係のもとにおいては(判文参照)、右攻撃は刑法三六条に…