第一審判決の認定した事実によれば、被告人はAにその名を呼ばれたので救いを求められたものと考え、当該場所に行つたのであるが、その後常に攻勢に出で、被害者Bに対し「……その喧嘩は俺が買つた」といい、「同人をその場に引き倒した後場所をかえあらためて勝負をつけようと考え、場合によつてはそれを用いて切りつけんがため前記Cから刺身庖丁(証第一号)を持ち出し秘匿の上同人とともに……に至り同所で再び格闘を開始し」たというのであるから、被告人が右庖丁で被害者を殺害するに至つた機縁が、「同人が兇器を取り出そうとする気配を感じたので」あつたとしても、原判決の維持する第一審判決が全体の経過をもつて闘争者双方が相互に攻撃防禦をくり返す連続的行為の一団と認定したのはまことに相当である。
喧嘩と正当防衛
刑法36条,刑法199条
判旨
互いに格闘を継続する意思で一連の暴行を繰り返す闘争状態においては、侵害の急迫性を欠くため、たとえ相手方の攻撃を機縁として反撃に及んだとしても正当防衛は成立しない。
問題の所在(論点)
闘争者双方が攻撃防御を繰り返す連続的な格闘の最中に、相手方の攻撃を機縁として反撃を加えた場合、正当防衛(刑法36条1項)が成立するか。
規範
刑法36条1項の「急迫不正の侵害」に対し、闘争者双方が相互に攻撃防御を繰り返す連続的行為の一団(自招侵害または格闘状態)と認められる場合には、原則として侵害の急迫性を欠き、正当防衛の観念を容れる余地はない。
重要事実
被告人は、知人Aに呼ばれたことを機に現場へ赴いたが、被害者Bに対し「その喧嘩は俺が買った」と述べて攻勢に出た。一旦Bを引き倒した後、場所を変えて改めて勝負をつけようと考え、切りつける目的で刺身包丁を持ち出し秘匿した上で、Bと共に移動した。同所で再び格闘を開始した際、Bが凶器を取り出そうとする気配を感じたため、所持していた包丁でBを殺害するに至った。
あてはめ
被告人は自ら「喧嘩を買った」と言明し、場所を変えて勝負をつけるためにあらかじめ凶器(刺身包丁)を準備して現場に臨んでいる。このような事情の下では、一連の経過は「斗争者双方が相互に攻撃防禦をくり返す連続的行為の一団」と評価される。したがって、殺害の直接の機縁がBの凶器準備の気配であったとしても、それは一団の格闘過程における一局面であり、被告人に「急迫不正の侵害」を認めることはできない。
結論
本件には正当防衛の観念を容れる余地はなく、被告人には殺人罪が成立する。
実務上の射程
自招侵害や格闘事案における「急迫性」の判断基準を示す。被告人が積極的に闘争を継続する意思(攻撃意思)を有し、あらかじめ凶器を準備して格闘に臨んでいるような場合には、相手方の個別具体的な攻撃行為を捉えて正当防衛を主張することはできないという実務上の準則を形成している。
事件番号: 昭和27(あ)3533 / 裁判年月日: 昭和28年7月2日 / 結論: 棄却
第一審判決の認定事実によれば、被害者の暴行は、仲裁の余地が存し、従つて、必ずしも急迫の侵害といえないし、また、被告人は自らも喧嘩闘争の決意を起し判示折込ナイフを以て兇器を持たない被害者を殺傷した事態に照し、権利を防衛するため己むことを得ないでした行為ともいえないこと明らかである。