労働者に過重な業務によって鬱病が発症し増悪した場合において,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の額を定めるに当たり,当該労働者が自らの精神的健康に関する一定の情報を使用者に申告しなかったことをもって過失相殺をすることはできない。 (1) 当該労働者は,鬱病発症以前の数か月に休日や深夜を含む相応の時間外労働を行い,その間,最先端の製品の製造に係るプロジェクトの工程で初めて技術担当者のリーダーになってその職責を担う中で,業務の期限や日程を短縮されて督促等を受け,上記工程の技術担当者を理由の説明なく減員された上,過去に経験のない異種の製品の開発等の業務も新たに命ぜられるなど,その業務の負担は相当過重であった。 (2) 上記情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とし,労働者のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であった。 (3) 上記(1)の過重な業務が続く中で,当該労働者は,同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,頭痛等の体調不良が原因であると上司に伝えた上で欠勤を繰り返して重要な会議を欠席し,それまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,産業医にも上記欠勤の事実等を伝え,使用者の実施する健康診断でも頭痛,不眠,いつもより気が重くて憂鬱になる等の症状を申告するなどしていた。
労働者に過重な業務によって鬱病が発症し増悪した場合において,使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の額を定めるに当たり,当該労働者が自らの精神的健康に関する一定の情報を使用者に申告しなかったことをもって過失相殺をすることができないとされた事例
民法418条,民法722条2項
判旨
労働者がメンタルヘルスに関する情報を申告しなかったとしても、使用者が過重業務による体調悪化を認識し得た場合には、安全配慮義務違反に基づく損害賠償額を算定するに際し、不申告を理由とする過失相殺(民法418条、722条2項)をすることはできない。
問題の所在(論点)
1. 労働者がメンタルヘルスの具体的情報を申告しなかったことをもって過失相殺ができるか。 2. 労働者の性格等の特性を理由に素因減額ができるか。 3. 傷病手当金や未支給の休業補償給付を損害賠償額から損益相殺(控除)できるか。
規範
労働者の健康に関する情報はプライバシーに属し、職場での秘匿が想定されるため、労働者からの積極的申告は期待し難い。使用者は、労働者からの申告がなくとも、過重業務により体調悪化が看取される場合には、申告困難な情報を前提とした上で、業務軽減等の配慮を行う義務を負う。また、素因減額(民法722条2項類推適用)については、労働者の特性が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、否定される。傷病手当金は不当利得として返還すべき性質のものであり、未支給の休業補償給付も現実の支給がない以上、損害賠償額から控除できない。
事件番号: 平成15(受)1099 / 裁判年月日: 平成18年3月28日 / 結論: 破棄自判
使用者の責めに帰すべき事由による解雇の期間中の賃金につき使用者が支払義務を負う金額を算定する場合において,労働者が同期間中に他の職に就いて得た利益の額が当該利益を得た期間における平均賃金合計額の4割を超え,かつ,使用者が労働者に対し労働基準法12条4項所定の賃金に当たる期末手当及び勤勉手当を支払うこととされているという…
重要事実
液晶ディスプレイ製造ラインのリーダーを務める女性労働者Xは、月平均60〜84時間の時間外労働に加え、上司からの厳しい督促や慣れない新業務の追加により過重な負担を受けていた。Xは不眠や頭痛を訴え、産業医の診断や定期健診の問診票でも鬱症状を示唆する回答をし、1週間以上の欠勤や業務軽減の申出も行っていた。しかし、Xは通院先での「神経症」等の具体的な診断名や処方薬の内容を会社に告げていなかった。その後Xは鬱病を発症し、休職期間満了により解雇された。原審は、Xが具体的情報を申告しなかった点に過失相殺を認め、また性格的な脆弱性を理由に素因減額を行い、さらに傷病手当金等を損害額から控除した。
あてはめ
1. Xは過重な労働環境下で体調不良を露呈しており、欠勤や業務軽減の申出も行っていた。使用者YはXの不調が過重業務に起因することを認識し得た。プライバシーに属する精神疾患情報の申告が期待し難い以上、Yは情報を待たずに対処すべきであり、Xの不申告を過失として責めることはできない。 2. Xは入社以来長年支障なく勤務しており、原審が挙げた生理痛や慢性頭痛等の事情は、労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲内であり、特段の脆弱性とはいえない。 3. 傷病手当金は業務外の事由を対象とするものであり、本件のような業務上の疾病に基づく損害賠償との関係では不当利得として返還されるべき性質を持つ。また、未支給の給付は損害の填補が現実化していないため、控除の対象とならない。
結論
過失相殺、素因減額、および傷病手当金等の控除を認めた原審の判断には法令の解釈適用の誤りがある。これらを否定し、損害賠償額の算定をやり直させるため、原判決を破棄し差し戻す。
実務上の射程
メンタルヘルス不調における安全配慮義務違反の事案において、労働者の「自己決定・自己責任」を強調した過失相殺論を制限し、使用者の積極的な健康管理義務を強調する規範として機能する。特に、労働者がSOS(欠勤や軽減申出)を出している場合には、具体的な病名等の告知がなくとも、使用者は予見可能性に基づき回避措置を講じる必要がある。
事件番号: 平成23(受)903 / 裁判年月日: 平成24年4月27日 / 結論: 棄却
従業員が,被害妄想など何らかの精神的な不調のために,実際には事実として存在しないにもかかわらず,約3年間にわたり盗撮や盗聴等を通じて自己の日常生活を子細に監視している加害者集団が職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを行っているとの認識を有しており,上記嫌がらせにより業務に支障が生じており上記情報…
事件番号: 平成8(オ)1026 / 裁判年月日: 平成12年3月31日 / 結論: 破棄差戻
事業遂行に必要な技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表者を参加させて、一箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われた訓練の期間中に、訓練に参加している労働者から年次有給休暇が請求されたときは、使…
事件番号: 平成7(行ツ)53 / 裁判年月日: 平成11年10月12日 / 結論: 棄却
長年にわたりセメント原料等による粉じんの飛散している事業場等においてアーク溶接作業に従事しじん肺管理区分が管理三イと認められるじん肺及びこれに合併する肺結核にり患した労働者が原発性肺がんにより死亡した場合において、粉じん作業ないしじん肺と肺がんとの間の病理学的、疫学的因果関係の存否につき専門家の見解が分かれており、けい…