密輸組織が関与する覚せい剤の密輸入事件について,被告人の覚せい剤に関する認識を否定して無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は,この種事案に適用されるべき経験則等を示しつつ,被告人は覚せい剤が隠匿されたスーツケースを日本に運ぶよう指示又は依頼を受けて来日したと認定するなどした上,被告人の覚せい剤に関する認識を肯定し,第1審判決の結論を是認できないとしたもので(判文参照),第1審判決の事実認定が経験則等に照らして不合理であることを具体的に示したものといえ,刑訴法382条の解釈適用の誤りはない。
密輸組織が関与する覚せい剤の密輸入事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用の誤りはないとされた事例
刑訴法382条,刑訴法397条1項
判旨
薬物密輸組織が関与する事案において、運搬者が回収方法等の指示を受けずに荷物を運搬することは通常想定し難く、特段の事情がない限り、運搬者は回収指示等を受けた上で運搬を委託されていたと認定するのが相当である。
問題の所在(論点)
刑事訴訟法382条の「事実誤認」の有無。特に、直接証拠がない薬物密輸事案において、被告人の「知情性」を経験則に基づき推認することの許容性と、その判断枠組みが問題となる。
規範
密輸組織は、目的地到着後に運搬者から確実に薬物を回収する措置を講じるのが通常である。したがって、①組織の関与が認められ、②目的地到着後の確実な回収措置(指示・連絡等)を組織が講じていない等の特段の事情がない限り、運搬者は回収方法等の指示を受けた上で運搬を委託されていたと認定できる。この事実を前提に、渡航経費の負担関係や秘匿態様等の諸事情を総合し、違法薬物の存在を認識していた(知情性)と推認する。
重要事実
被告人は、組織が関与したと目される巧妙な隠匿態様の覚せい剤約2.5kgが入ったスーツケースを、ベナン等を経由して日本へ持ち込んだ。被告人は「メイドに荷造りを頼んだだけで中身は知らない」と弁解し、現地ガイドが回収役だった可能性を主張した。一審は、知らずに運ばされる可能性も否定できないとして無罪としたが、二審は、組織が確実に回収する措置を講じないことは現実的にあり得ないとする経験則を用い、逆転有罪とした。
事件番号: 平成24(あ)167 / 裁判年月日: 平成25年4月16日 / 結論: 棄却
覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,被告人が,犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼され,その中に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながらこれを引き受けたという本件事実関係の下では,特段の事情がない限り,…
あてはめ
本件では、ベナンのガイドが回収役であった形跡はなく、日本国内でも同行者や宿泊予約、面会予定がないなど、組織が被告人の関知しないところで確実に回収できる特別な事情や措置は認められない。そうすると、特段の事情がない限り、被告人は組織から回収方法等の指示を受けて運搬を委託されたと認めるのが相当である。多額の費用をかけ発覚のリスクを冒してまで隠匿運搬される物は薬物であると想定されるから、被告人は少なくとも薬物である可能性を認識していたと推認できる。
結論
被告人に知情性を認めることができる。一審判決は、抽象的な可能性のみを理由に合理的推認を否定した点で経験則の適用を誤っており、事実誤認があるとした原判決(二審)の判断は正当である。
実務上の射程
密輸事案の知情性認定における「特段の事情」の枠組みを提示した重要判例。一審が無罪とした場合でも、検察官が控訴審で「一審の経験則違反」を突く際の強力な武器となる。答案上は、組織関与の有無を確認した後、本件規範を提示し、具体的な回収可能性の有無(特段の事情)を検討する流れで用いる。
事件番号: 平成23(あ)757 / 裁判年月日: 平成24年2月13日 / 結論: 破棄自判
1 刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいう。 2 控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある。 3 覚せい剤を密輸入した事件について覚せい剤を輸入する認識がなかっ…
事件番号: 平成24(あ)744 / 裁判年月日: 平成26年3月10日 / 結論: 棄却
覚せい剤の密輸入事件について,被告人から指示を受けていたとする共犯者供述の信用性を否定して被告人を無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,第1審判決が,受信は記録されていないなどの通話記録の性質に十分配慮せず,それと同共犯者供述との整合性を細部について必要以上に要求するなどしたことや,同共犯者に指示を与え…
事件番号: 平成1(あ)1038 / 裁判年月日: 平成2年2月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】覚せい剤の輸入・所持において、当該物件が覚せい剤であると確定的に認識していなくても、身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があれば、覚せい剤輸入・所持罪の故意を認めることができる。 第1 事案の概要:被告人は、本件物件を密輸入して所持した。その際、被告人は、当該物件が「覚せい剤」そのものであると確…
事件番号: 平成14(あ)409 / 裁判年月日: 平成15年11月26日 / 結論: 棄却
大韓民国の裁判所に起訴された共犯者が,自らの意思で任意に供述できるよう手続的保障がされている同国の法令にのっとり,同国の裁判官,検察官及び弁護人が在廷する公開の法廷において,質問に対し陳述を拒否することができる旨告げられた上でした供述を記載した同国の公判調書は,刑訴法321条1項3号にいう「特に信用すべき情況」の下にさ…