覚せい剤輸入罪及び所持罪における覚せい剤であることの認識の程度
刑法38条1項,覚せい剤取締法41条1項1号,覚せい剤取締法13条,覚せい剤取締法41条の2第1項1号,覚せい剤取締法14条
判旨
覚せい剤の輸入・所持において、当該物件が覚せい剤であると確定的に認識していなくても、身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があれば、覚せい剤輸入・所持罪の故意を認めることができる。
問題の所在(論点)
覚せい剤輸入罪および同所持罪における故意の成否について、対象物が覚せい剤であるとの確定的認識がなく、「身体に有害で違法な薬物」であるとの認識に留まる場合に、故意が認められるか(抽象的事実の錯誤)。
規範
構成要件的故意(刑法38条1項)が認められるためには、客観的構成要件に該当する事実の認識が必要である。もっとも、認識した事実と発生した事実が完全には一致しない場合であっても、両者が抽象的構成要件の範囲内で重なり合う限り、その重なり合う限度で故意が認められる。薬物事犯においては、特定の禁制品であることを確定的に認識していなくとも、身体に有害で違法な薬物一般(いわゆる「違法な薬物」)としての認識があれば、同質の危害を生じさせる薬物間での故意の転用が肯定される。
重要事実
被告人は、本件物件を密輸入して所持した。その際、被告人は、当該物件が「覚せい剤」そのものであると確定的に認識していたわけではなかったが、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類である」との認識を有していた。原審は、この認識には「覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれない」という認識が含まれると認定した。
あてはめ
被告人が認識していた「身体に有害で違法な薬物」という事実は、覚せい剤取締法が規制対象とする覚せい剤の性質を包含するものである。被告人は、当該物件が「覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれない」と認識しつつ輸入・所持に及んでいる。このような認識は、覚せい剤という特定の構成要件事実と、より広範な違法薬物という認識との間において、法益侵害の性質が共通する範囲で重なり合うといえる。したがって、身体に有害で違法な薬物であるとの認識があった以上、覚せい剤であることの認識を欠くものではないと評価できる。
事件番号: 昭和52(あ)836 / 裁判年月日: 昭和54年3月27日 / 結論: 棄却
一 営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪が成立する。 二 税関長の許可を受けないで、麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、関税法一一一条一項の無許可輸入罪が成立する。
結論
被告人に覚せい剤輸入罪および同所持罪の故意に欠けるところはなく、同罪の成立を認めた原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は、薬物事犯における「概括的故意」や「抽象的事実の錯誤」の処理において、法定刑や構成要件が異なる薬物間(覚せい剤と大麻など)でも、違法な薬物という認識がある限り故意が肯定され得ることを示唆する。答案上は、認識した事実と発生した事実が構成要件的に重なり合う(実質的に同質である)ことを論証する際の根拠として活用すべきである。
事件番号: 昭和57(あ)1153 / 裁判年月日: 昭和58年9月29日 / 結論: 棄却
一 保税地域、税関空港等外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込む場合、覚せい罪取締法一三条、四一条の輸入罪は、覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし、あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによつて既遂に達する。 二 保税地域、税関空港等外…
事件番号: 平成24(あ)167 / 裁判年月日: 平成25年4月16日 / 結論: 棄却
覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,被告人が,犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼され,その中に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながらこれを引き受けたという本件事実関係の下では,特段の事情がない限り,…
事件番号: 平成24(あ)724 / 裁判年月日: 平成25年10月21日 / 結論: 棄却
密輸組織が関与する覚せい剤の密輸入事件について,被告人の覚せい剤に関する認識を否定して無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は,この種事案に適用されるべき経験則等を示しつつ,被告人は覚せい剤が隠匿されたスーツケースを日本に運ぶよう指示又は依頼を受けて来日したと認定するなどした上,被告人の覚せい剤に関する認識を…
事件番号: 平成23(あ)757 / 裁判年月日: 平成24年2月13日 / 結論: 破棄自判
1 刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいう。 2 控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある。 3 覚せい剤を密輸入した事件について覚せい剤を輸入する認識がなかっ…