一 営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪が成立する。 二 税関長の許可を受けないで、麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、関税法一一一条一項の無許可輸入罪が成立する。
一 営利の目的で麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合とその罪責 二 税関長の許可を受けないで麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合とその罪責
刑法38条1項,刑法38条2項,麻薬取締法12条1項,麻薬取締法64条1項,麻薬取締法64条2項,覚せい剤取締法13条,覚せい剤取締法41条1項1号,覚せい剤取締法41条2項,関税法109条1項,関税法111条1項,関税定率法21条1項
判旨
抽象的事実の錯誤(法条の錯誤)において、行為者が認識した罪と現に発生した罪とが、保護法益や行為態様の共通性により実質的に重なり合う場合には、その重なり合う限度で故意が認められる。
問題の所在(論点)
麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合のように、異なる構成要件にまたがる錯誤(抽象的事実の錯誤)がある場合に、発生した事実(麻薬輸入罪)の故意を認めることができるか。刑法38条2項の適用範囲と構成要件的重なり合いの有無が問題となる。
規範
故意(刑法38条1項)が認められるためには、客観的事実と主観的認識が構成要件的レベルで合致している必要がある。別個の構成要件間にまたがる抽象的事実の錯誤がある場合でも、両罪の保護法益が共通し、かつ行為態様が同質的であるなど、構成要件が実質的に重なり合っていると認められるときは、その重なり合う限度で発生した事実について故意を肯定できる。
重要事実
被告人は、営利目的で麻薬(ジアセチルモルヒネ)を本邦に輸入したが、その際、当該薬物を覚せい剤であると誤認していた。麻薬輸入罪と覚せい剤輸入罪は、実定法上は別個の罰則であるが、いずれも薬物濫用による保健衛生上の危害防止を目的とし、輸入という行為態様も共通している。また、法定刑も同一であった。
事件番号: 平成1(あ)1038 / 裁判年月日: 平成2年2月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】覚せい剤の輸入・所持において、当該物件が覚せい剤であると確定的に認識していなくても、身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があれば、覚せい剤輸入・所持罪の故意を認めることができる。 第1 事案の概要:被告人は、本件物件を密輸入して所持した。その際、被告人は、当該物件が「覚せい剤」そのものであると確…
あてはめ
麻薬と覚せい剤は、共に依存性を有し社会に重大な害悪をもたらす薬物であり、取締目的や規制方式が極めて近似しているため、実質的に同一の規制に服しているといえる類似性がある。本件では、被告人は覚せい剤輸入の意思で麻薬を輸入したが、両罪は目的物の差異を除き構成要件要素が同一であり、法定刑も等しい。したがって、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合っていると解されるため、麻薬輸入の故意は阻却されない。一方で、関税法上の重い罪(麻薬輸入)と軽い罪(覚せい剤輸入)の錯誤については、重なり合う限度で軽い罪の故意が認められるにとどまる(刑法38条2項)。
結論
麻薬輸入罪と覚せい剤輸入罪は実質的に重なり合うため、麻薬輸入罪が成立する。関税法違反については、重なり合う限度で軽い罪である覚せい剤輸入(無許可輸入罪)が成立する。
実務上の射程
抽象的事実の錯誤における構成要件的重なり合いを認めたリーディングケースである。答案上は、まず「主観と客観が構成要件的レベルで符合するか」を論じ、符合しない場合に本判例の枠組み(法益の共通性と態様の同質性)を用いて、実質的な重なり合いの有無を判定する。重い罪を認識して軽い罪が発生した場合は重なり合う限度で軽い罪、本件のように法定刑が同一なら発生した罪、軽い罪を認識して重い罪が発生した場合は刑法38条2項により軽い罪の範囲で故意を認める処理となる。
事件番号: 昭和57(あ)1153 / 裁判年月日: 昭和58年9月29日 / 結論: 棄却
一 保税地域、税関空港等外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込む場合、覚せい罪取締法一三条、四一条の輸入罪は、覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし、あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによつて既遂に達する。 二 保税地域、税関空港等外…
事件番号: 昭和51(あ)661 / 裁判年月日: 昭和51年12月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】覚せい剤を隠匿携帯して本邦に搬入し、税関を通過する際に発見された場合、覚せい剤取締法違反(輸入)と関税法違反(無許可輸入)は、自然的・社会的見解上一個の行為と評価でき、観念的競合(刑法54条1項前段)の関係に立つ。 第1 事案の概要:被告人は、覚せい剤取締法上輸入が禁止され、かつ関税定率法上の有税…
事件番号: 昭和49(あ)1431 / 裁判年月日: 昭和49年12月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑法54条1項前段の「一個の行為」とは、自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価される場合をいい、麻薬を身体に携帯して本邦に搬入する行為は、麻薬取締法違反と関税法違反の観念的競合となる。 第1 事案の概要:被告人は、関税定率法上の輸入禁制品であり、かつ麻薬取締法上も輸入が禁止さ…
事件番号: 平成24(あ)167 / 裁判年月日: 平成25年4月16日 / 結論: 棄却
覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,被告人が,犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼され,その中に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながらこれを引き受けたという本件事実関係の下では,特段の事情がない限り,…