刑訴法435条6号所定の再審事由が認められないとした原判断が是認された事例(いわゆる名張毒ぶどう酒殺人事件第7次再審請求の差戻し後の特別抗告事件)
刑訴法435条6号
判旨
再審請求における新証拠の証拠価値は、科学的知見に基づく合理的根拠に照らして判断されるべきであり、本件では鑑定結果から自白内容と客観的証拠の矛盾が解消されたため、再審開始の要件を欠くとされた。
問題の所在(論点)
申立人が自白した使用毒物(ニッカリンT)の成分が事件検体から検出されなかったという新証拠の提示により、確定判決の有罪認定および自白の信用性に合理的な疑いが生じるか(刑訴法435条6号該当性)。
規範
刑事訴訟法435条6号の再審事由である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」にあたるか否かは、新証拠が確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせるものであるかという観点から判断される。科学的知見を内容とする証拠については、その試験方法の科学的合理性、結果の導出過程、および説明の十分性を検討し、確定判決の根拠となった自白等の信用性や状況証拠の価値を揺るがすものであるかを評価する。
重要事実
本件は、公民館のぶどう酒に農薬(ニッカリンT)を混入させ5名を殺害したとされる名張ぶどう酒事件の第7次再審請求である。確定判決は、被告人が唯一犯行の機会を有していたこと、および詳細な自白調書の信用性を主たる根拠としていた。新証拠(証拠群3)は、当時の鑑定で事件検体からニッカリンTの成分(TRIEPP)が検出されなかったことを根拠に、使用毒物が自白と異なると主張するものであった。これに対し、差戻後の異議審は新たな鑑定を実施し、TRIEPPは当時の抽出方法(エーテル抽出)では抽出されない性質を持つことを明らかにした。
あてはめ
事件番号: 平成19(し)23 / 裁判年月日: 平成22年4月5日 / 結論: その他
【結論(判旨の要点)】再審請求において、確定判決の証拠と新証拠を総合評価した結果、毒物の成分分析に関する科学的知見に疑問が生じ、確定判決の認定に合理的な疑いが生じる可能性がある場合には、さらなる事実解明のための審理を尽くすべきである。 第1 事案の概要:名張ぶどう酒事件の再審請求。確定判決は、被告人が農薬「ニッカリンT…
原審の再鑑定は、当時の製法で再現した農薬を用い、科学的に合理的な試験方法でTRIEPPがエーテル抽出されないことを実証している。その理由はTRIEPPの分子構造等に由来するものと十分に説明されており、合理的な科学的根拠がある。また、対照検体でTRIEPPが検出された点は、別の成分(PETP)が抽出後に変化したものと合理的に説明できる。弁護側の「塩析」が行われたとの主張は、当時の試験記録から前提を欠く。したがって、事件検体からTRIEPPが不検出であったことは自白内容と矛盾せず、自白の信用性や状況証拠の価値を損なうものではない。
結論
本件新証拠は刑訴法435条6号の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」には該当せず、再審開始を取り消した原決定は正当であるため、特別抗告を棄却する。
実務上の射程
再審請求において科学的証拠が提出された場合、その「明白性」を判断するにあたっては、鑑定手法の再現性や科学的合理性を厳格に検討すべきとする実務指針となる。特に、過去の鑑定結果と自白の不一致が、分析技術上の特性によって合理的に説明可能な場合には、自白の信用性は維持される方向に働く。
事件番号: 平成5(し)40 / 裁判年月日: 平成9年1月28日 / 結論: 棄却
一 再審請求段階で新たに提出された証拠により確定判決の有罪認定の根拠となった証拠の一部について証明力が大幅に減殺された場合に刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるか否かは、再審請求後に提出された新証拠と確定判決を言い渡した裁判所で取り調べられた全証拠とを総合的に評価した結果として、確定判決の…
事件番号: 平成11(し)155 / 裁判年月日: 平成14年4月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】再審の請求において、新証拠が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」にあたるかは、確定判決の証拠と新証拠を総合評価して判断される。本件では、元警察署長のノートは伝聞証拠であり正確性や証拠価値が乏しく、確定判決の基礎となった証拠の信用性を揺るがすには足りない。 第1 事案の概要:申立人が10分間の犯行機会…
事件番号: 令和4(し)206 / 裁判年月日: 令和6年1月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求特別抗告審において、最高裁は、封緘紙の付着糊に関する新鑑定や毒物同定に関する新証拠は、確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせる「明白な証拠」には当たらないとして、再審請求棄却を維持した。 第1 事案の概要:申立人の兄(事件本人)は、公民館での懇親会にて、農薬(ニ…
事件番号: 平成14(し)18 / 裁判年月日: 平成17年3月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】再審請求における「証拠の明白性」(刑訴法435条6号)の判断にあたっては、新証拠だけでなく、確定判決の証拠と全証拠を総合評価すべきである。本件の筆跡鑑定等の新証拠は、作成時の心理的状況や習癖の恒常性を考慮しておらず、確定判決の認定を左右するに足りる明白な証拠とは認められない。 第1 事案の概要:狭…