長崎市長を射殺した事案につき,無期懲役の量刑が維持された事例
刑法9条,刑法199条,刑訴法411条2号
判旨
1名の殺害であっても、行政対象暴力の極みといえる反社会的な動機に基づき、公職の候補者を狙った計画的かつ残忍な犯行については、無期懲役を選択した原審の判断は量刑不当とはいえない。殺害人数が1名であることや、個人的な恨みの暴発という側面、利欲目的や政治的信条の欠如といった事情も量刑評価において軽視できない。
問題の所在(論点)
被害者が1名である殺人事件において、行政対象暴力としての性質、選挙の自由の侵害、犯行の計画性等の情状を考慮した場合に、無期懲役を維持した原判決が量刑不当として破棄されるべきか。
規範
死刑の選択に当たっては、殺害された被害者の数という結果の重大性を重視しつつも、犯行の性質、動機、態様、社会への影響、遺族の処罰感情等を総合的に考慮し、刑事責任が極めて重大であって、死刑の選択が真にやむを得ないといえるかを判断すべきである。特に被害者が1名の場合、死刑の選択には慎重な検討を要するが、犯情の悪質性や反社会性の程度により、無期懲役の選択が妥当かどうかが決せられる。
重要事実
暴力団幹部である被告人は、長崎市への不当要求が市長(被害者)の方針で拒絶されたことを逆恨みし、被害者が次期市長選挙に立候補することを知ると、恨みを晴らし自らの力を誇示するために殺害を計画。平成19年、選挙事務所前で至近距離から拳銃で2発発射し殺害した。第一審は死刑としたが、控訴審は、殺害された者が1名であることや、経済的利益や政治的信条に基づく犯行ではないこと等を考慮し、無期懲役を言い渡した。
あてはめ
被告人の動機は行政対象暴力の極みで極めて反社会的であり、計画的かつ冷酷な犯行態様は危険性が高い。また、公職の候補者を殺害し選挙を妨害した結果も重大である。しかし、本件は1名の殺害にとどまること、組織的背景があるというよりは孤立した被告人の自暴自棄な恨みの暴発であること、利欲目的や政治的目的が欠如していることといった犯情も認められる。これらを総合考慮すれば、死刑の選択に躊躇し、無期懲役を選択した原審の判断は是認できる。
事件番号: 平成21(あ)1640 / 裁判年月日: 平成25年6月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】死刑の量刑が検討される事案において、組織的背景に基づく犯行の性質、殺意の強固さ、結果の重大性、地域社会への影響、及び被告人の役割を総合的に考慮すれば、たとえ遺族の一部に宥恕の意思があり、被告人が暴力団を脱退したなどの情状を考慮しても、死刑に処した判断は是認される。 第1 事案の概要:暴力団員である…
結論
本件各上告を棄却する(無期懲役とした原判決を維持)。
実務上の射程
「永山基準」を前提としつつ、殺害人数が1名の場合の死刑選択の限界を示した事例。特に、行政対象暴力や選挙妨害という重大な社会的悪質性があっても、利欲目的の欠如や個人的な恨みの暴発という主観的情状が認められる場合には、死刑回避の余地があることを示唆しており、量刑論のあてはめにおいて「1名殺害」の重みを確認する際に有用である。
事件番号: 平成18(あ)2156 / 裁判年月日: 平成21年6月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】暴力団間の抗争に端を発し、一般客のいるレストランで拳銃を用いて2名を殺害した事案において、犯行の計画性、残忍性、一般市民を巻き込む危険性の高さ等の諸事情を考慮し、死刑判決を維持した。 第1 事案の概要:暴力団構成員である被告人は、他団体からの高額な金銭要求に対し、組織の面目を保つため相手方の殺害を…
事件番号: 平成21(あ)68 / 裁判年月日: 平成24年10月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】暴力団組長による3件の殺人等につき、組織的な犯行であること、3名の生命を奪った結果の重大性、首謀者としての責任の重さを重視し、被害者遺族への被害弁済等の有利な事情を最大限考慮しても、死刑の選択はやむを得ない。 第1 事案の概要:暴力団組長である被告人は、配下組員と共謀し、(1)保険金詐欺の口封じ、…
事件番号: 平成29(あ)621 / 裁判年月日: 令和元年12月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】無差別殺人であっても、事案により被害結果や動機、計画性の有無、犯行遂行の意思の強固さは様々であり、これらを総合して非難の程度を判断すべきである。2名の生命を奪った残虐な無差別殺人であっても、精神障害の影響や計画性の欠如、自首に近い状況等の諸事情を考慮し、死刑の選択が相当とはいえない場合がある。 第…
事件番号: 平成21(あ)1802 / 裁判年月日: 平成23年3月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】死刑適用を検討すべき極めて重大な刑事責任が認められる事案であっても、殺意の程度(未必的殺意)や計画性の欠如、謝罪の態度等の有利な事情を総合考慮し、無期懲役刑を維持した原判決が甚だしく不当とはいえないと判断した。 第1 事案の概要:被告人は、離婚した元妻との復縁を求め、銃器を用いて警察官1名を射殺、…