1 被害者が被る損害の元本に対する遅延損害金を支払う旨の定めがない自動車保険契約の人身傷害条項に基づき被害者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は,上記保険金に相当する額の保険金請求権者の加害者に対する損害金元本の支払請求権を代位取得するものであって,損害金元本に対する遅延損害金の支払請求権を代位取得するものではない。 2 保険会社は保険金請求権者の権利を害さない範囲内に限り保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する旨の定めがある自動車保険契約の人身傷害条項の被保険者である被害者に過失がある場合において,上記条項に基づき被害者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は,上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する。 (1,2につき補足意見がある。)
1 自動車保険契約の人身傷害条項に基づき保険金を支払った保険会社による損害金元本に対する遅延損害金の支払請求権の代位取得の有無 2 自動車保険契約の人身傷害条項の被保険者である被害者に過失がある場合において上記条項に基づき保険金を支払った保険会社による損害賠償請求権の代位取得の範囲
(1,2につき)商法(平成20年法律第57号による改正前のもの)662条,保険法25条,民法91条,民法709条,(2につき)民法722条2項
判旨
人身傷害補償保険金は、損害の元本のみを塡補し遅延損害金は塡補しないため、保険代位の対象は損害賠償請求権の元本部分に限られる。また、被保険者に過失がある場合の代位の範囲は、保険金額と過失相殺後の賠償請求権額の合計が裁判基準損害額を上回る場合に、その超過部分に限定される(裁判基準差額説)。
問題の所在(論点)
1. 人身傷害保険金の支払が、加害者の損害賠償債務の元本のみならず遅延損害金にも充当(代位)されるか。 2. 被保険者に過失がある場合、保険者が代位取得する損害賠償請求権の範囲をいかに画定すべきか。
規範
1. 保険代位の対象範囲:人身傷害保険金は、特約がない限り損害の元本のみを塡補するものであるから、保険者が代位取得するのは加害者に対する損害金元本の支払請求権に限られ、遅延損害金請求権は代位の対象とならない。 2. 過失相殺がある場合の代位の範囲(保険法25条1項、約款の「権利を害さない範囲」の解釈):人身傷害保険は被害者の実損を過失の有無にかかわらず塡補する趣旨である。したがって、保険金と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の合計額が、過失相殺前の裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分の範囲で保険者は損害賠償請求権を代位取得する。
重要事実
交通事故によりAが死亡した(Aの過失10%)。裁判基準損害額は約7828万円、過失相殺後の賠償額は約7045万円であった。Aの両親である原告らは、加害者への請求とは別に、自身の契約する保険会社から約款に基づき人身傷害保険金約5824万円を受領した。約款には「保険金請求権者の権利を害さない範囲内で」代位取得する旨の条項があった。保険金支払による代位の範囲、および支払が遅延損害金に充当されるか否かが争点となった。
あてはめ
1. 約款上、保険金は算定基準に基づく損害元本を塡補し遅延損害金を塡補する定めがない。よって、民法491条を準用して遅延損害金に充当することはできず、元本のみが代位の対象となる。被害者は加害者に対し、本件事故から保険金支払日までの遅延損害金請求権を失わない。 2. 「権利を害さない範囲」とは、被害者が保険金と賠償金を通じて裁判基準損害額(100%)を確保できる範囲を指す。本件では、保険金(約5824万)+過失相殺後賠償額(約7045万)=約1億2870万円が、裁判基準額(約7828万)を上回る。この超過分(約5041万円)が代位の対象となり、被害者の加害者に対する賠償請求権はこの限度で減少する。
結論
1. 保険金は損害金元本にのみ対応し、遅延損害金請求権は代位されない。 2. 保険者は裁判基準損害額を超える部分についてのみ代位取得する。原告らは、加害者に対し、裁判基準損害額に達するまでの不足分と、元本に対する事故時からの遅延損害金を請求できる。
実務上の射程
実務上、人身傷害保険が先行して支払われた場合の損害賠償請求額の計算に必須の判例である。いわゆる「裁判基準差額説(訴訟基準差額説)」を確立したものであり、被害者保護の観点から代位の範囲を抑制的に解釈する。答案上は、保険法25条1項の「被保険者の権利を害さない範囲」の具体的解釈として論じる。
事件番号: 平成20(受)12 / 裁判年月日: 平成20年10月7日 / 結論: 破棄差戻
Yが運転する車両との衝突事故により傷害を負ったXが,Xの父が保険会社との間で締結していた自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づき保険金の支払を受けた場合において,上記保険金の支払をもってYの損害賠償債務の履行と同視することはできないこと,上記保険契約にはいわゆる代位に関する約定があり,上記保険会社は上記保険金の支払によ…