1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する。 2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて,次の(1),(2)など判示の事情の下では,行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。 (1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。 (2) 上記職務命令に従わない教職員については,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に,おおむね,その違反が1回目は戒告,2,3回目は減給,4回目以降は停職という処分量定に従い,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険がある。 3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,上記職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起することができ,その本案において当該義務の存否が判断の対象となるという事情の下では,上記懲戒処分の予防を目的とするいわゆる無名抗告訴訟としては,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法である。 4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,次の(1),(2)など判示の事情の下では,上記職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,確認の利益がある。 (1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。 (2) 上記職務命令に従わない教職員については,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険がある。 (1〜4につき補足意見がある。)
1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる場合 2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められた事例 3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについていわゆる無名抗告訴訟としては不適法であるとされた事例 4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについて公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益があるとされた事例
(1〜3につき)行政事件訴訟法3条7項,行政事件訴訟法37条の4第1項,地方公務員法29条1項,(1,2につき)行政事件訴訟法37条の4第2項,(3につき)行政事件訴訟法3条1項,(4につき)行政事件訴訟法4条,地方公務員法40条1項
判旨
都立学校の校長による起立斉唱等の職務命令は、教職員の思想及び良心の自由を間接的に制約する面があるものの、憲法19条には違反しない。また、本件通達や職務命令は行政処分には当たらないが、懲戒処分が累積加重的にされる危険がある場合は、免職以外の懲戒処分の差止めの訴えや公法上の当事者訴訟としての義務不存在確認の訴えが適法となり得る。
問題の所在(論点)
1. 起立斉唱・伴奏を命じる職務命令が憲法19条に違反するか。2. 本件通達および職務命令に行政処分性(行訴法3条2項)が認められるか。3. 将来の懲戒処分の差止めの訴え、および職務上の義務の不存在確認の訴え(当事者訴訟)の適法性。
規範
1. 職務命令が思想・良心の自由(憲法19条)を間接的に制約する場合であっても、その目的・内容および制約の態様を総合的に較量し、制約を許容し得る程度の必要性・合理性が認められれば合憲である。2. 差止めの訴えにおける「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の4第1項)とは、処分後に取消訴訟等を通じて救済を受けることが困難な場合をいう。3. 行政処分以外の処遇上の不利益が発生・拡大する現実の危険があり、事後的な回復が著しく困難な場合には、公法上の当事者訴訟(行訴法4条)として義務の不存在確認を求める確認の利益が認められる。
重要事実
東京都教育委員会(都教委)が校長に対し、式典での国旗掲揚・国歌斉唱の実施等を命じる「本件通達」を発出した。これに基づき各校長は教職員に対し、起立斉唱やピアノ伴奏を命じる「本件職務命令」を発した。都教委は、これに従わない教職員に対し、過去の処分歴に応じて戒告から停職まで累積加重的な懲戒処分を反復継続して行っていた。教職員らは、義務の不存在確認、将来の懲戒処分の差止め、国家賠償を求めて提訴した。
あてはめ
1. 起立斉唱等の行為は慣例上の儀礼的所作の性質を有し、特定の思想の強制ではない。歴史観等との関係で間接的な制約となる面はあるが、式典の秩序維持等の目的から必要性・合理性が認められ、合憲である。2. 本件通達は組織内部の示達に留まり、職務命令も上司の指示であって、教職員の権利義務を直接形成しないため、行政処分には当たらない。3. 懲戒処分が累積加重的にされる状況下では、事後の取消訴訟では救済が困難な「重大な損害」が認められ、差止めの訴えは適法である。また、昇給等の不利益という処分以外の損害を防ぐため、公法上の当事者訴訟による義務不存在確認も有効適切な手段として適法である。4. ただし、本案については、職務命令が合憲かつ有効である以上、義務は存在し、戒告等の処分も裁量権の範囲内であるため、請求は棄却されるべきである。
結論
本件各訴えのうち、免職以外の懲戒処分の差止めの訴え、および東京都に対する公法上の当事者訴訟としての確認の訴えは適法であるが、いずれも請求には理由がない。不利益変更禁止の原則により、これらを却下した原判決を維持し、上告を棄却する。
実務上の射程
行政処分性の否定(通達・職務命令)という従来の枠組みを維持しつつ、反復継続的な不利益が予想される事案において、差止めの訴え(37条の4)や公法上の当事者訴訟(4条)の訴訟要件を緩和し、事前救済の門戸を広げた点に実務上の意義がある。答案では、抗告訴訟の適法性が否定される場面でのバックアップとしての当事者訴訟の活用を論じる際の有力な根拠となる。
事件番号: 平成22(行ツ)372 / 裁判年月日: 平成23年6月21日 / 結論: 棄却
公立高等学校等の校長が教職員に対し卒業式又は入学式において国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立することを命じた職務命令は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,当該教職員の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。 (1) 上記の起立行為は,学校の儀式的行事における慣例上の儀礼的な所作…
事件番号: 平成22(行ツ)54 / 裁判年月日: 平成23年5月30日 / 結論: 棄却
公立高等学校の校長が教諭に対し卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命じた職務命令は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,当該教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。 (1) 上記の起立斉唱行為は,学校の儀式的行事における慣例上の儀礼的な所作…
事件番号: 平成23(行ツ)263等 / 裁判年月日: 平成24年1月16日 / 結論: その他
1 公立の高等学校又は養護学校の教職員が,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又は国歌のピアノ伴奏を行うことを命ずる旨の校長の職務命令に従わず起立しなかったこと又は伴奏を拒否したことを理由に,教育委員会から戒告処分を受けた場合において,上記不起立又は伴奏拒否が当該教職員の歴史観ないし世…
事件番号: 平成22(行ツ)314 / 裁判年月日: 平成23年6月14日 / 結論: その他
公立中学校の校長が教諭に対し卒業式又は入学式において国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立して斉唱することを命じた職務命令は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,当該教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。 (1) 上記の起立斉唱行為は,学校の儀式的行事における慣例上の儀礼的な…