通行中の女性に対して暴行,脅迫を加えてビルの階段踊り場まで連行し,強いて姦淫したとされる強姦被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例
刑法177条前段,刑訴法317条,刑訴法411条3号
判旨
被害者の供述以外に犯罪を基礎付ける客観的証拠がない場合、その信用性判断は特に慎重に行う必要があり、供述内容が当時の状況や経験則に照らして不自然・不合理な点を含むならば、強姦罪の成立を認めるに足りる「合理的な疑いを超える証明」があるとはいえない。
問題の所在(論点)
被害者の供述のみに基づく強姦罪(現・強制性交等罪)の認定に関し、脅迫・暴行および姦淫の各要件を満たす事実が合理的な疑いを超えて証明されているか、またその供述の信用性判断に経験則違反がないか。
規範
1. 事実認定の審査(刑訴法411条3号)において、上告審は原判決の認定が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点から事後審査を行う。 2. 直接の証拠が被害者の供述のみである場合、その信用性判断は、他の客観的事実との整合性、当時の状況下における行動の自然さ、供述の変遷の有無等を踏まえ、慎重に吟味されなければならない。 3. 「疑わしきは被告人の利益に」の原則に則り、犯罪の証明は合理的な疑いを超えたものでなければならない。
重要事実
1. 被告人と被害者(A)は路上で接触後、約80m離れたビルの外階段踊り場へ移動。被告人が射精し、Aのコート袖等に精液が付着した点は争いがない。 2. Aの供述:駅前で「ついてこないと殺すぞ」と脅迫され、恐怖で抵抗できず連行され、立位で強姦された。 3. 被告人の弁解:報酬支払を条件に手淫の同意を得たが、実際には現金を支払わず逃走した。被告人には過去にも同様の手口(報酬を装い手淫させ未払いで逃走)で警察の聴取を受けた前歴がある。 4. 客観的事実:犯行時間帯の現場付近は人通りがあり、交番や警備員も存在した。Aの膣液から精液は未検出。Aが捨てたと主張した破れたストッキングは発見されず、購入記録に関する供述も変遷した。
事件番号: 平成19(あ)1785 / 裁判年月日: 平成21年4月14日 / 結論: 破棄自判
1 上告審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理かどうかの観点から行うべきである。 2 被告人が満員電車内で女性Aに対して痴漢行為をしたとされる強制わいせつ被告事件について,被告人が一貫して犯行を否認しており,Aの供述以外にこれを基礎付ける証拠がなく,被告人にこの種の犯行を…
あてはめ
1. 暴行・脅迫について:人通りがある駅前や、制服の警備員が至近距離を通過した状況下で、Aが叫ぶ・逃げる等の助けを求める行動を一切取らなかったとする供述は、恐怖心を考慮しても経験則上不自然といえる。 2. 姦淫について:20cm以上の身長差がある被告人がAの片脚を持ち上げた不安定な立位での姦淫は物理的困難を伴う。また、膣内から精液が検出されず、外傷もない。破れたストッキングの廃棄・購入に関する供述が客観的記録に合わせて変遷している点も、信用性を減殺させる。 3. 被告人の供述:場当たり的な変遷はあるが、合意に基づく手淫と未払逃走という骨格は客観的前歴や当時の状況と整合し、直ちに排斥できない。 4. 結論的評価:Aの供述は客観的状況と齟齬し、強姦を断定するには合理的な疑いが残る。
結論
被告人を強姦罪の成立を認めて有罪とした第1審および原判決には、重大な事実誤認がある。犯罪の証明が十分でないため、これらを破棄し、被告人を無罪とする。
実務上の射程
被害者供述が唯一の証拠である性犯罪事件において、防衛側は「逃走・抵抗の機会があったか」「供述が客観的証拠(DNA・購入履歴等)と矛盾していないか」「被告人の行動傾向に沿った別構成(同意ある行為等)の可能性があるか」を緻密に検討し、信用性を弾劾する指針となる。
事件番号: 平成20(あ)333 / 裁判年月日: 平成22年7月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯人の識別に関する目撃供述の信用性判断、および身体的疾患が犯行に与える影響についての事実誤認の有無が争われた事例。 第1 事案の概要:被告人は駅ホームで女性のスカート内に携帯電話を差し入れたとして都迷惑防止条例違反で起訴された。被害者は、背後から犯人に袖を掴まれ、その後も断続的に犯人の姿を視認して…
事件番号: 平成21(あ)1125 / 裁判年月日: 平成23年9月14日 / 結論: 棄却
1 被害者の証人尋問において,検察官が,証人から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するため,証拠として採用されていない捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを求めた場合において,写真の内容が既にされた供述と同趣旨のものであるときは,刑訴規則199条の12に基づきこれを許可…