1 上告審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理かどうかの観点から行うべきである。 2 被告人が満員電車内で女性Aに対して痴漢行為をしたとされる強制わいせつ被告事件について,被告人が一貫して犯行を否認しており,Aの供述以外にこれを基礎付ける証拠がなく,被告人にこの種の犯行を行う性向もうかがわれないという事情の下では,Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があり,Aの供述する被害状況に不自然な点があること(判文参照)などを勘案すると,Aの供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定は不合理であり是認できない。 (2について補足意見,反対意見がある。)
1 上告審における事実誤認の主張に関する審査の方法 2 満員電車内における強制わいせつ被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例
(1,2につき)刑訴法411条3号 (2につき)刑法176条前段,刑訴法317条
判旨
痴漢事件において被害者の供述が唯一の証拠である場合、その信用性判断には格別の慎重さが求められ、供述に不自然な点があり合理的な疑いが残る場合には無罪とすべきである。
問題の所在(論点)
被害者の供述のみが証拠である痴漢事件において、供述の信用性を肯定し「合理的な疑いを超えた証明」があったと認めるための判断枠組み、および本件における供述の合理性。
規範
満員電車内の痴漢事件は、客観的証拠が得られにくく被害者の供述が唯一の証拠となることが多い一方、被害者の思い込み等により犯人と特定された場合に有効な防御が困難という特質がある。したがって、被害者供述の信用性判断は、単に具体的・迫真的であるといった一般的抽象的な指標だけでなく、経験則等に照らして不自然な点がないか、特に慎重に検討しなければならない。
重要事実
事件番号: 平成20(あ)333 / 裁判年月日: 平成22年7月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯人の識別に関する目撃供述の信用性判断、および身体的疾患が犯行に与える影響についての事実誤認の有無が争われた事例。 第1 事案の概要:被告人は駅ホームで女性のスカート内に携帯電話を差し入れたとして都迷惑防止条例違反で起訴された。被害者は、背後から犯人に袖を掴まれ、その後も断続的に犯人の姿を視認して…
被告人は電車内で17歳の女性Aの陰部を触る等のわいせつ行為をしたとして起訴された。Aは「犯行中、目で見て確認はしなかったが、犯人は正面にいた被告人と思った」とし、一度駅で降車しながら再び同じドアから乗り、その後被告人の左手がスカートに入っているのを確認してネクタイを掴んだと供述。被告人は一貫して否認し、客観的証拠(繊維鑑定等)からも犯行は証明されなかった。一審・二審はAの供述を信用して有罪とした。
あてはめ
Aの供述によれば、執拗かつ強度の被害を受けていたにもかかわらず、車内で積極的な回避行動を執っていない。また、一度降車して被告人を避ける機会があったのに、車両を替えず再び被告人のそばに乗車した点は「いささか不自然」である。下北沢駅での積極的な糾弾行為とも整合せず、成城学園前駅までの被害に関する供述の信用性に疑いの余地がある以上、公訴事実であるその後の被害に関する供述も全面的に肯定することはできない。被告人に前科や性向を疑わせる事情もない。
結論
被告人が犯行を行ったと断定するには、なお合理的な疑いが残る。よって、原判決及び第一審判決には重大な事実誤認があり、これらを破棄し被告人を無罪とする。
実務上の射程
被害者供述が「具体的・詳細」であっても、それだけで信用性を直ちに肯定せず、行動の不自然さや状況との矛盾を突く防御の指針となる。特に「疑わしきは被告人の利益に」の原則を具体化させた判例として重要。
事件番号: 平成22(あ)509 / 裁判年月日: 平成23年7月25日 / 結論: 破棄自判
【結論(判旨の要点)】被害者の供述以外に犯罪を基礎付ける客観的証拠がない場合、その信用性判断は特に慎重に行う必要があり、供述内容が当時の状況や経験則に照らして不自然・不合理な点を含むならば、強姦罪の成立を認めるに足りる「合理的な疑いを超える証明」があるとはいえない。 第1 事案の概要:1. 被告人と被害者(A)は路上で…
事件番号: 平成21(あ)1125 / 裁判年月日: 平成23年9月14日 / 結論: 棄却
1 被害者の証人尋問において,検察官が,証人から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するため,証拠として採用されていない捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを求めた場合において,写真の内容が既にされた供述と同趣旨のものであるときは,刑訴規則199条の12に基づきこれを許可…
事件番号: 平成8(あ)613 / 裁判年月日: 平成11年3月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白の任意性を疑うに足りる証跡が認められない場合、当該自白の証拠能力を否定する余地はなく、憲法38条2項等の規定に違反しない。 第1 事案の概要:被告人が自白を行った事件において、第一審判決後の第一次控訴審では無罪が言い渡されたが、検察官の上告を受けた第一次上告審がこれを破棄。差し戻し後の…