重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして第二審の無罪判決を破棄して差し戻した事例
刑訴法411条3号
判旨
供述に細部の矛盾や混乱があっても、被害等の大筋で一貫性があり、状況証拠等と整合するならば、その信用性を否定すべきではない。原判決が些末な不一致を理由に証言全体の信用性を否定したことは、経験則に照らし著しく合理性を欠き、重大な事実誤認の疑いがある。
問題の所在(論点)
事実認定における供述の信用性判断の合理性。特に、異常な事態に直面した被害者の供述に一部の混乱や矛盾がある場合に、これを理由として供述全体の信用性を否定することが許されるか。
規範
供述の信用性を判断するにあたっては、供述内容が事件の核心的部分(被害の態様等)において一貫しているか、他の客観的事実や状況証拠と整合しているかを重視すべきである。異常な体験をした被害者が、恐怖や混乱から細部の状況(正確な襲撃地点や抱きつき方等)について記憶が曖昧になったり、供述に多少の混乱が生じたりしたとしても、そのことのみをもって直ちに供述全体の信用性を否定することは許されない。
重要事実
深夜、路上を通行中の女性Aが、被告人に後方から抱きつかれガード下に引きずり込まれて胸を触られたとして強制わいせつ罪で起訴された。一審は、Aの証言、目撃者Bの証言、被告人の捜査段階の自白に基づき有罪とした。これに対し原審は、Aが述べた襲撃地点等の細部が不自然であることや、逮捕手続書の記載と証言に食い違いがあることを理由に、Aの証言全体の信用性を否定して逆転無罪とした。
あてはめ
被害者Aは、被害状況の大筋(抱きつかれ、引きずり込まれ、胸を触られた点)について捜査段階から公判まで終始一貫した供述をしている。逮捕手続書との微細な食い違いは、警察官が現場で要約作成した性質上、過剰申告とは断じ得ない。また、襲撃地点等の混乱も、Aが現場に不慣れで突然襲撃されたという「異常な状況」下では無理からぬ記憶の混乱であり、証言の根幹を揺るがすものではない。さらに、Aの証言は、目撃者Bの証言や、被告人が屋根の上にまで登って逃走したという「異常な行動」等の客観的状況、さらには捜査段階の自白とも整合している。これらを無視して、一部の細部矛盾から全否定した原審の評価は著しく合理性を欠く。
事件番号: 平成20(あ)333 / 裁判年月日: 平成22年7月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯人の識別に関する目撃供述の信用性判断、および身体的疾患が犯行に与える影響についての事実誤認の有無が争われた事例。 第1 事案の概要:被告人は駅ホームで女性のスカート内に携帯電話を差し入れたとして都迷惑防止条例違反で起訴された。被害者は、背後から犯人に袖を掴まれ、その後も断続的に犯人の姿を視認して…
結論
原判決には重大な事実誤認の疑いがあり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
刑事訴訟法411条3号の「著しく正義に反すると認めるとき」の判断基準として活用できる。特に被害者供述の信用性判断において、裁判所が経験則に反する矮小な粗探しを行った場合に、事実誤認を主張する際の有力な論拠となる。
事件番号: 昭和63(あ)130 / 裁判年月日: 平成元年10月26日 / 結論: 破棄自判
【結論(判旨の要点)】目撃証言や犯人識別供述の信用性は、対象者の属性、面通し状況、記憶喚起の過程等を慎重に吟味すべきであり、自白も客観的証拠との矛盾や秘密の暴露の有無を厳格に判断すべきである。 第1 事案の概要:被告人が、マンションの踊り場等で9歳の女児Aに対しわいせつ行為をしたとして起訴された事案。Aは当初犯人を知ら…
事件番号: 平成19(あ)1785 / 裁判年月日: 平成21年4月14日 / 結論: 破棄自判
1 上告審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理かどうかの観点から行うべきである。 2 被告人が満員電車内で女性Aに対して痴漢行為をしたとされる強制わいせつ被告事件について,被告人が一貫して犯行を否認しており,Aの供述以外にこれを基礎付ける証拠がなく,被告人にこの種の犯行を…
事件番号: 昭和50(あ)2212 / 裁判年月日: 昭和53年7月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本決定は、被告人及び弁護人による上告趣意が憲法違反を主張するものであっても、その実質が単なる法令違反や事実誤認にすぎない場合には、刑訴法405条の上告理由には当たらないと判示したものである。 第1 事案の概要:被告人および弁護人が、憲法31条違反、法令違反、事実誤認、量刑不当を理由として上告を申し…