精神神経科の医師が,過去に知人から首を絞められるなどの被害を受けたことのある患者に対し,人格に問題があり,病名は「人格障害」であると発言するなどした後,上記患者が,精神科の他の医師に対し,頭痛,集中力低下等の症状を訴え,上記の言動を再外傷体験としてPTSD(外傷後ストレス障害)を発症した旨の診断を受けたとしても,次の(1),(2)など判示の事情の下においては,上記の言動と上記症状との間に相当因果関係があるということはできない。 (1) 上記の言動は,それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるものではないし,上記患者がPTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であるとする上記被害と類似し,又はこれを想起させるものでもない。 (2) PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は,これとは類似せず,また,これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではない。
精神神経科の医師の患者に対する言動と上記患者が上記言動に接した後にPTSD(外傷後ストレス障害)と診断された症状との間に相当因果関係があるということはできないとされた事例
民法416条,民法709条
判旨
医師による不適切な言動と患者のPTSD発症との間の相当因果関係は、当該言動がPTSDの診断基準に照らして外傷的な出来事に当たらない場合、否定される。過去の外傷体験を有する患者であっても、当該言動がその体験を想起させたり医学的知見に基づき発症を予見させたりするものでない限り、因果関係は認められない。
問題の所在(論点)
医師による「人格障害」等の告知および診療拒絶ともとれる言動(本件言動)が、精神科患者に生じたPTSDという損害に対し、法的な相当因果関係を有するか。
規範
不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求において、ある言動とPTSD(外傷後ストレス障害)の発症との間の相当因果関係が認められるためには、(1)当該言動自体が死や重傷の危険といった外傷的な出来事に当たること、または(2)当該言動が、過去の別の外傷体験を想起させるなどの医学的知見に照らし、発症の原因となり得る重大なストレス要因であることが必要である。
重要事実
精神科に通院する被上告人に対し、担当のA医師が「人格障害である」「精神神経科にはもう来なくてよい」等の言動(本件言動)を行った。被上告人は過去にストーカー被害やセクハラ(外傷体験)を受けており、本件言動後にPTSD(本件症状)を発症した。原審は、本件言動がきっかけでバランスが崩れ過去の外傷体験が噴出したとして因果関係を認めたが、上告人(病院側)が上告した。
あてはめ
まず、本件言動は生命身体に危害が及ぶ内容ではなく、DSM-Ⅳ等の診断基準上の「外傷的な出来事」に当たらない。次に、被上告人の過去のストーカー被害等と本件言動は類似せず、これを想起させるものともいえない。さらに、過去の外傷体験者がこれと無関係かつ重大でないストレス要因でPTSDを発症するという医学的知見も認められない。被上告人が通院を開始した際も、本件言動に対する訴えは当初診療録に記載されておらず、本件症状は以前からの訴えと共通している。
結論
A医師の本件言動と被上告人のPTSD発症との間には相当因果関係を認めることができないため、損害賠償請求は認められない。
実務上の射程
医療過誤訴訟における因果関係の判断に際し、医学的診断基準(DSM等)を重視する姿勢を示した。特に精神医学的疾患の場合、患者の主観的な「ショック」や「気分の悪化」のみをもって直ちに法的因果関係を肯定せず、医学的知見に基づいた客観的な機序(再外傷化の有無等)を厳格に要求する実務上の指針となる。
事件番号: 平成14(受)1257 / 裁判年月日: 平成15年11月11日 / 結論: 破棄差戻
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