重篤な化膿性髄膜炎に罹患した三才の幼児が入院治療を受け、その病状が一貫して軽快していた段階において、医師が治療としてルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入)を実施したのち、嘔吐、けいれんの発作等を起こし、これにつづき右半身けいれん性不全麻癖、知能障害及び運動障害等の病変を生じた場合、右発作等が施術後一五分ないし二〇分を経て突然に生じたものであつて、右施術に際しては、もともと血管が脆弱で出血性傾向があり、かつ、泣き叫ぶ右幼児の身体を押えつけ、何度か穿刺をやりなおして右施術終了まで約三〇分を要し、また、脳の異常部位が左部にあつたと判断され、当時化膿性髄膜炎の再燃するような事情も認められなかつたなど判示の事実関係のもとでは、他に特段の事情がないかぎり、右ルンバ一ルと右発作等及びこれにつづく病変との因果関係を否定するのは、経験則に反する。
医師が化膿性髄膜炎の治療としてしたルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入)の施術とその後の発作等及びこれにつづく病変との因果関係を否定したのが経験則に反するとされた事例
民法709条,国家賠償法1条1項,民訴法185条,民訴法394条
判旨
訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することである。それは通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであれば足りる。
問題の所在(論点)
民法709条(または債務不履行)に基づく損害賠償請求において、医療行為と損害(後遺症)との間の因果関係が認められるための立証の程度、および本件における因果関係の存否。
規範
訴訟上の因果関係の立証は、自然科学的証明ではなく、経験則に照らして特定の事実から特定の結果が発生したという関係を是認しうる「高度の蓋然性」を証明することを要する。その判定基準は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる。
重要事実
3歳の幼児が髄膜炎で入院し回復傾向にあったが、担当医が学会出席を優先し昼食直後に不適切な体制でルンバール(髄液採取等)を強行した。施術は30分に及び、その約20分後に幼児は突然の嘔吐・痙攣を発症し、後遺症(知能障害等)が残った。医師側は髄膜炎の再燃であると主張したが、発症直後の検査では髄膜炎は好転していた。また、幼児には出血性傾向があり、当時の主治医も退院時までは脳出血と判断して治療を行っていた。
あてはめ
本件では、①幼児の病状が一貫して軽快しつつあった段階で、ルンバール実施直後に突如発作が起きたこと、②本来は再燃の蓋然性が低い髄膜炎の悪化を示す客観的証拠がないこと、③脳波や臨床症状が脳実質の左部病変(脳出血)を示唆すること、④当時の主治医も脳出血として治療していたこと等が認められる。これらの事実を総合検討し、経験則に照らせば、他に特段の事情がない限り、高度の蓋然性をもって本件ルンバールに起因する脳出血が原因であると是認しうる。通常人が疑いを差し挟まない程度の確信を得るに足りる立証がなされているといえる。
結論
本件ルンバールと発作・後遺症との間には因果関係を肯定するのが相当であり、これを否定した原判決には因果関係の法則に関する解釈適用の誤りがある。
実務上の射程
医療過誤訴訟における因果関係の立証責任のスタンダード(ルンバール事件)として確立されており、患者側の立証負担を現実的な範囲に限定する機能を持つ。事案において、時間的近接性や、原因となり得る他の要因の排斥といった「間接事実による立証」を構成する際の枠組みとして用いる。
事件番号: 平成7(オ)1205 / 裁判年月日: 平成9年2月25日 / 結論: 破棄差戻
一 顆粒球減少症の副作用を有する複数の薬剤の投与を原因として患者が同症にかかった場合において、鑑定は、右薬剤はいずれも起因剤と断定するには難点があり、発症時期に最も近接した時期に投与されたネオマイゾンが最も疑われるが確証がなく、複数の右薬剤の相互作用により同症が発症することはあり得るものの本件においては右相互作用による…