一 顆粒球減少症の副作用を有する複数の薬剤の投与を原因として患者が同症にかかった場合において、鑑定は、右薬剤はいずれも起因剤と断定するには難点があり、発症時期に最も近接した時期に投与されたネオマイゾンが最も疑われるが確証がなく、複数の右薬剤の相互作用により同症が発症することはあり得るものの本件においては右相互作用による発症は医学的に具体的に証明されていないとするにとどまり、本件において右相互作用により同症が発症したという蓋然住を否定するものではなく、証拠として提出された医学文献には同症の病因論は未完成な部分が多く個々の症例において起因剤を決定することは困難なことが多い旨が記載されているなど判示の事実関係の下においては、右鑑定のみに依拠してネオマイゾンを唯一単独の起因剤と認定することには、経験則違反の違法がある。 二 顆粒球減少症の副作用を有する複数の薬剤の投与を原因として患者が同症にかかった場合において、鑑定は、四月一四日より前の患者の病歴に同症発症を確認し得る検査所見及び症候がないこと並びに同日以降の患者の症状の急激な進行から推測して、発症日を四月一三日から一四日朝とするが、これは患者の同症発症日をどこまでさかのぼり得るかについて科学的、医学的見地から確実に証明できることだけを述べたにすぎないものであり、他方、同症発症を確認し得る検査所見及び症候がないのは医師が同症特有の症状の有無に注意を払った問診及び診察をしなかった結果にすぎず、患者の症状の進行が急激であったと断ずるには疑いを生じさせる事情も存在するなど判示の事実関係の下においては、右鑑定のみに依拠して発症日は四月一三日から一四日朝と認定することには、経験則違反の違法がある。 三 開業医は、顆粒球減少症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与された患者について薬疹の可能性のある発疹を認めた場合においては、自院又は他の診療機関において患者が必要な検査、治療を速やかに受けることができるように相応の配慮をすべき義務がある。
一 医療過誤訴訟において鑑定のみに依拠してされた顆粒球減少症の起因剤の認定に経験則違反の違法があるとされた事例 二 医療過誤訴訟において鑑定のみに依拠してされた顆粒球減少症の発症日の認定に経験則違反の違法があるとされた事例 三 顆粒球減少症の副作用を有する薬剤を長期間継続的に投与された患者に薬疹の可能性のある発疹を認めた場合における開業医の義務
民法415条,民法709条,民訴法185条,民訴法394条
判旨
訴訟上の因果関係の立証は、特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証明すれば足り、複数の薬剤投与がある場合は起因剤を厳密に特定せずとも過失・因果関係を肯定し得る。また、副作用のリスクがある薬剤を長期投与した医師は、薬疹の可能性を認識した時点で速やかに検査や転医の配慮をすべき注意義務を負う。
問題の所在(論点)
医療事故における因果関係の立証の程度、および副作用のリスクがある薬剤を長期投与する医師に求められる経過観察・検査義務の範囲。
規範
1. 訴訟上の立証は、自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証明すれば足りる。2. 副作用を有する多種の薬剤を長期間継続投与した医師は、薬疹の可能性のある発疹を認めた場合、自院または他院で必要な検査・治療を速やかに受けられるよう配慮すべき注意義務を負う。3. このような事案では、常に起因剤を厳密に特定する必要はなく、薬剤投与と結果との間に高度の蓋然性が認められれば足りる。
重要事実
患者Dは、風邪の症状に対し被上告人B1から4週間にわたり多種の抗生物質や鎮痛剤の投与を受けた。Dは4月12日に発疹が生じたが、B1はこれを見落とし、14日に至って発疹を確認しG病院(被上告人B2)へ転院させた。Dはその後、薬剤による顆粒球減少症および敗血症により死亡した。原審は、鑑定に基づきネオマイゾンのみを起因剤とし、発症日を13日以降と特定したため、12日時点の看過と発症との因果関係を否定した。
あてはめ
1. 12日に発疹が生じ、14日に本症発症が確認されている以上、遅くとも12日時点で本症を発症していた高度の蓋然性がある。医学的に起因剤が特定しきれない場合でも、投与薬剤群またはその相互作用が原因であると推認することは可能であり、特定の1剤に限定して因果関係を否定した原審の判断は経験則に反する。2. B1は本症の副作用がある薬剤を長期投与していたのであるから、12日の発疹を確認した時点で、本症発症を予見し、投薬中止や血液検査を行うべき注意義務を負っていたといえる。
結論
B1の検査・経過観察義務違反とDの死亡との間の因果関係、およびB2の過失・因果関係を否定した原審の判断には、因果関係の立証および注意義務に関する法令の解釈適用の誤りがある。
実務上の射程
医療過誤訴訟における因果関係の立証基準(ルンバール事件判決を引用)を再確認し、医学的証明の限界と法的立証の切り離しを明確にした。また、開業医の役割として「高度な医療機関への適切な転医・橋渡し」を重視し、臨床上の予見可能性を広く認める傾向を示す判例として重要である。
事件番号: 平成4(オ)251 / 裁判年月日: 平成8年1月23日 / 結論: その他
医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。 (補足意見がある。)