薬剤の能書等に使用上の注意事項としては、患者本人又は近親者がアレルギー体質を有するときは慎重に投与すべき旨が記載されているにすぎない場合であつても、当該薬剤の注射がシヨツク症状を起こしやすいものであり、右症状の発現の危険のある者を識別するには医師による患者本人及び近親者のアレルギー体質に関する適切な問診が必要であることが当時の臨床医の間で一般的に認められていた等判示の事実関係のもとにおいては、医師がかかる問診をしないで右注射をし、これに起因するシヨツク症状の発現によつて患者を死亡させたときは、当該医師に医療上の過失がある。
薬剤の能書の記載と医師の注意義務
民法709条
判旨
医師は、ショック症状を引き起こす危険のある薬剤を投与する際、能書等の記載にかかわらず、問診等の適切な手段によりアレルギー体質の有無を確認すべき注意義務を負う。皮膚反応試験が陰性であっても、不可欠とされる問診を怠って注射を強行した場合には、医療上の過失が認められる。
問題の所在(論点)
不法行為法(民法709条)上の過失の有無。特に、薬剤の能書等の注意書きを超えて、医師に詳細な問診を行うべき注意義務が認められるか。
規範
医師の注意義務の基準は、診療当時の臨床医学の実践における医療水準による。薬剤投与に際し、ショック症状の発現の危険がある者を識別するための試験が不確実・不十分な場合には、当該試験の結果のみに依拠せず、当時の臨床医の間で一般的に認められていた「適切な問診」等の必要不可欠な措置を講じる義務がある。
重要事実
医師である被告は、患者に対しショック症状を起こしやすい薬剤であるチトクロームCを注射した。当時、皮膚反応による過敏性試験は不確実であり、アレルギー体質に関する問診が不可欠であるという認識が臨床医の間で一般的であった。しかし被告は、能書に「アレルギー体質の場合は慎重投与」との記載があるにとどまることを理由に、十分な問診を行わず、皮膚反応試験が陰性であったことから直ちに注射を行い、患者を死亡させた。
あてはめ
チトクロームCはショック症状を誘発する危険性が高く、皮膚反応試験のみでは不十分である。当時の臨床医の医療水準に照らせば、本人及び近親者のアレルギー体質に関する問診は「必要不可欠」な手続であった。本件では、能書に「慎重に投与すべき」と抽象的な記載しかなかったとしても、医師はショックの危険を予見し回避するために問診を尽くすべきであった。それにもかかわらず、皮膚反応試験の結果のみを盲信して問診を怠った点に、注意義務違反(過失)が認められる。
結論
医師に医療上の過失が認められるため、本件注射と死亡との間に因果関係がある以上、損害賠償責任を免れない。
実務上の射程
医療過失における「医療水準」の判断において、薬剤の添付文書(能書)の記載が必ずしも注意義務の限界を画するものではないことを示す。当時の臨床実務で不可欠とされていた手続(問診等)を怠れば、添付文書の指示を形式的に守っていても過失が認定され得るため、答案では具体的な臨床上の知見や一般的慣行の有無に注目してあてはめるべきである。
事件番号: 平成4(オ)251 / 裁判年月日: 平成8年1月23日 / 結論: その他
医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。 (補足意見がある。)