一、インフルエンザ予防接種を実施する医師が予診としての問診をするにあたつては、予防接種実施規則(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号)四条の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条掲記の症状、疾病及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。 二、インフルエンザ予防接種を実施する医師が、接種対象者につき予防接種実施規則(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号)四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかつたためその識別を誤つて接種をした場合に、その異常な副反応により対象者が死亡又は罹病したときは、右医師はその結果を予見しえたのに過誤により予見しなかつたものと推定すべきである。
一、インフルエンザ予防接の実施と医師の問診 二、予防接種実施規則(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号)四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかつたためその識別を誤つて実施されたインフルエンザ予防接種により接種対象者が死亡又は罹病した場合と結果の予見可能性の推定
民法709条,予防接種法2条2項,予防接種実施規則(昭和33年9月17日厚生省令第27号。ただし昭和45年7月11日厚生省令第44号による改正前のもの)4条
判旨
予防接種を実施する医師は、問診において単に概括的な質問をするだけでは足りず、禁忌者を識別するために具体的な質問を行う義務を負う。適切な問診を尽くさずに禁忌者を識別できず副反応が生じた場合、医師の過失が推定され、実施主体である地方公共団体は特段の事情を立証しない限り賠償責任を免れない。
問題の所在(論点)
予防接種(勧奨接種)を実施する医師に求められる予診・問診上の注意義務の具体的内容、および義務違反があった場合の過失の認定・立証責任の所在。
規範
1. 予防接種を実施する医師は、禁忌者を的確に識別し危険を回避するため、慎重に予診を行う義務を負う。 2. 問診においては、単に概括的・抽象的に健康状態の異常を問うだけでは足りず、禁忌者を識別し得る具体的な症状、疾病、体質的素因の有無について、被質問者が的確に応答できるような適切な質問をする義務がある。 3. 適切な問診を尽くさず禁忌者の識別を誤って接種し、異常な副反応が生じた場合、特段の事情(予見不可能性、蓋然性の著しい低さ、接種の相当性等)を立証しない限り、医師の過失が推定され、地方公共団体は使用者責任を免れない。
重要事実
地方公共団体が勧奨接種として実施したインフルエンザ予防接種において、担当医師Dは受接種者Eに対し、接種直前の身体の異常の有無を概括的に質問したのみで、具体的な症状等の確認を怠った。Eは接種後に異常な副反応により死亡した。Eの遺族である原告らは、Dの予診義務違反を理由に、Dの使用者である地方公共団体に対し、国家賠償法(または民法715条)に基づく損害賠償を求めて提訴した。
あてはめ
問診は禁忌者発見の基本的かつ重要な機能を持つが、医学的知識を欠く一般人は質問趣旨を誤解する危険がある。本件医師Dは、単に異常の有無を概括的に問うたに過ぎず、実施規則等に定められた禁忌事由を具体的に質問し、被質問者の的確な応答を促す義務を尽くしていない。このような適切な問診を尽くさなかった以上、禁忌事由を認識できず接種に至ったことについて過失が推定される。原審は、保護者が異常なしと考えていたことを理由に因果関係を否定したが、適切な問診があれば軟便等の事実を把握できた可能性があり、審理不尽である。
結論
医師は具体的な問診義務を負い、これを尽くさず事故が生じた場合は過失が推定される。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
医療過誤における過失の推定を認めた重要な判例。集団接種という時間的制約下でも、具体的な問診票の活用等を含む適切な予診が不可欠であることを示した。答案上は、高度な危険を伴う行政行為に伴う注意義務の具体化と、被害者救済の観点からの事実上の立証責任の転換(過失推定)として論じる。
事件番号: 昭和57(オ)374 / 裁判年月日: 昭和60年4月9日 / 結論: 棄却
薬剤の能書等に使用上の注意事項としては、患者本人又は近親者がアレルギー体質を有するときは慎重に投与すべき旨が記載されているにすぎない場合であつても、当該薬剤の注射がシヨツク症状を起こしやすいものであり、右症状の発現の危険のある者を識別するには医師による患者本人及び近親者のアレルギー体質に関する適切な問診が必要であること…