給血者がいわゆる職業的給血者で、血清反応陰性の検査証明書を持参し、健康診断および血液検査を経たことを証する血液斡旋所の会員証を所持していた場合でも、同人が、医師から問われないためその後梅毒感染の危険のあつたことを言わなかつたに過ぎないような場合、医師が、単に「身体は丈夫か」と尋ねただけで、梅毒感染の危険の有無を推知するに足る問診をせずに同人から採血して患者に輸血し、その患者に給血者の罹患していた梅毒を感染させるに至つたときは、同医師は右患者の梅毒感染につき過失の責を免れない。
給血者に対する梅毒感染の危険の有無の問診の懈怠と輸血による梅毒感染についての医師の過失責任。
民法709条,輸血取締規則(昭和20年厚生省令3号)2条,輸血取締規則(昭和20年厚生省令3号)3条,輸血に関し医師又は歯科医師の準拠すべき基準(昭和27年厚生省告示138号)2(1),輸血に関し医師又は歯科医師の準拠すべき基準(昭和27年厚生省告示138号)4,輸血に関し医師又は歯科医師の準拠すべき基準(昭和27年厚生省告示138号)5,輸血に関し医師又は歯科医師の準拠すべき基準(昭和27年厚生省告示138号)7,輸血に関し医師又は歯科医師の準拠すべき基準(昭和27年厚生省告示138号)11
判旨
医師は、輸血による感染症リスクを最小限にするため、科学的検査のみならず、問診を通じて感染の危険を推知すべき注意義務を負う。医療慣行や職業的給血者の虚偽回答の可能性があっても、直ちにこの義務が否定されるものではない。
問題の所在(論点)
輸血に際し、検査証明書等がある場合に医師が具体的な問診を行うべき注意義務(不法行為法上の過失)を負うか。また、職業的給血者への問診の期待可能性や医療慣行は義務の存否に影響するか。
規範
人の生命及び健康を管理する業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を負う。医療慣行が存在しても、それは過失の軽重の参酌事由にすぎず、直ちに法的注意義務を否定するものではない。また、問診の有効性が統計的に低いとされる場合でも、個別の状況において真実の答述を得られる可能性がある以上、具体的な問診義務を免れない。
重要事実
医師Dは、給血者Eから輸血を行った。Eは血清反応陰性の検査証明書と血液斡旋所の会員証を持参していたが、実際には梅毒に感染していた。DはEに対し「からだは丈夫か」と尋ねたのみで、具体的な感染リスクを推知するための問診を怠り、輸血の結果、患者に梅毒を感染させた。当時、一刻を争う緊急事態ではなかった。
あてはめ
梅毒の潜伏期間中などは科学的検査のみで確定的な診断を下すことが困難であるため、問診は感染リスクを推知する重要な手段である。本件では緊急性がなかった以上、DはEに対し具体的・詳細な問診を行い、感染の危険を確かめるべきであった。Eは当時、生活困窮により虚偽を述べる強い動機はなく、懇ろに誘導すれば真実を答えた可能性がある。単に「丈夫か」と問うだけでは、最善の注意を尽くしたとはいえない。
結論
医師Dには、具体的な問診を怠った点について注意義務違背(過失)が認められる。よって、上告は棄却される。
実務上の射程
医療過誤における注意義務の基準を「実験上必要とされる最善の注意」と定義した重要判例である。医療慣行が直ちに法的義務を免除しないという法理や、問診という基本的な手続の重要性を示す場面で引用すべきである。
事件番号: 昭和50(オ)140 / 裁判年月日: 昭和51年9月30日 / 結論: 破棄差戻
一、インフルエンザ予防接種を実施する医師が予診としての問診をするにあたつては、予防接種実施規則(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号)四条の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条掲記の症状、疾病及び体質的…