甲事実および乙事実がともに診療行為上の過失となすに足るものである以上、裁判所が甲または乙のいずれかについて過誤があつたものと推断しても、過失の事実認定として不明または未確定というべきではない。
不法行為における過失の認定の当否
民法709条
判旨
当事者の主張と裁判所の認定事実に態様や日時の多少の齟齬があっても、社会観念上の同一性が認められる限り弁論主義には反しない。また、複数の過失態様のいずれか一方が存在したと認定することは、不法行為の成否を判断する上で事実の未確定とはいえない。
問題の所在(論点)
1. 認定された事実が主張された日時と異なる場合、弁論主義(判決の基礎となる事実の主張)に違反するか。2. 複数の過失態様のいずれかが存在したという「選択的認定」が許されるか。3. 当事者が主張していない具体的過失態様の認定が、処分権主義や弁論主義に抵触するか。
規範
1. 弁論主義との関係について、裁判所が認定した事実が当事者の主張した事実と態様や日時の点で多少異なっても、社会観念上の同一性が認められる限り、当事者の主張しない事実を確定したことにはならない。2. 裁判所が複数の過失態様(例:注射液の不良または注射器の消毒不完全)のいずれかがあったと認定しても、それらがいずれも過失を構成する事実であるならば、過失の認定として不明または未確定とはいえない。3. 当事者が主張していない具体的な過失態様を認定しても、それが訴訟物を変更する事実(主要事実)に当たらない限り、民訴法(現146条・246条等)に違反しない。
重要事実
患者(被上告人)が医師(上告人)から皮下注射を受けた後、発熱・化膿し機能障害を負った。患者は昭和24年10月26日の注射における医師の不注意(過失)を主張したが、原審は、注射日を同月23日頃と認定した上で、過失の内容として「注射液が不良であったか、または注射器の消毒が不完全であったかのいずれかの過誤があった」と認定した。これに対し、医師側が主張事実との齟齬や過失認定の不明確さを理由に上告した。
あてはめ
1. 注射の日時について、患者の主張(10月26日)と原審認定(10月23日頃)に差異はあるものの、診療行為の一連の過程として社会観念上の同一性が認められるため、弁論主義違反はない。2. 過失の認定について、「注射液の不良」と「注射器の消毒不完全」はいずれも診療上の過失を基礎付ける事実である。そのいずれかが存在したと推断することは、不法行為責任を認めるための事実認定として十分である。3. 患者が「注射液の不良」を具体的に主張していなくても、過失の存在という訴訟物(権利関係)を基礎付ける事実の範囲内であり、訴訟物を変更する事実に当たらないため、民訴法(当時の186条)に違反しない。
結論
本件認定事実は、患者の主張事実と社会観念上の同一性が認められる範囲内であり、弁論主義に反しない。また、過失態様の選択的認定も過失の認定として有効である。
実務上の射程
弁論主義が適用される「主要事実」の認定において、具体的日時や態様の多少の相違を許容する「社会観念上の同一性」の基準を示している。特に過失認定において、不法行為の成立に影響しない範囲での選択的認定(概括的認定)を認めている点、実務上の事実認定の柔軟性を肯定したものとして重要である。
事件番号: 昭和33(オ)540 / 裁判年月日: 昭和35年4月15日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】当事者が明らかに争っている事実を、裁判所が証拠に基づかず擬制自白が成立したものとして認定することは、事実認定の法則に反し違法である。 第1 事案の概要:被上告人(原告)は、上告人(被告)らが陸奥湾内で水底電線を引揚げたことにより損害を受けたとして損害賠償を請求した。被上告人は、引揚屯数約104トン…