上行結腸ポリープの摘出手術を受けた患者が,術後9日目に急性胃潰瘍に起因する出血性ショックにより死亡した場合において,患者の相当多量な血便や下血,ヘモグロビン値やヘマトクリット値の急激な下降,頻脈の出現,ショック指数の動向等からすれば,患者の循環血液量に顕著な不足を来す状態が継続し,輸血を追加する必要性があったことがうかがわれ,第1審で提出された医師Aの意見書中の担当医には追加輸血をするなどして当該患者のショック状態による重篤化を防止すべき義務違反があるとする意見が相当の合理性を有することを否定できず,むしろ,原審で提出された医師Bの意見書の追加輸血の必要性を否定する意見の方に疑問があると思われるにもかかわらず,両意見書の各内容を十分に比較検討する手続を執ることなく,医師Bの意見書が提出された原審の第1回口頭弁論期日において口頭弁論を終結した上,医師Bの意見書を主たる根拠として,担当医が追加輸血等を行わなかったことにつき過失を否定し,医師Aの意見書等に基づき担当医の過失を肯定した第1審判決の請求認容部分を取り消した原審の判断には,採証法則に反する違法がある。
ポリープ摘出手術を受けた患者が術後に出血性ショックにより死亡した場合につき担当医が追加輸血等を行わなかったことに過失があるとはいえないとした原審の判断に採証法則に反する違法があるとされた事例
民法709条,民訴法247条
判旨
医師に求められる注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。本件において、術後に出血が疑われる症状(タール便や血圧低下、Hb値・Ht値の著しい低下等)が継続・悪化している状況下では、単なる輸液の追加だけでなく、速やかな輸血や再手術の検討を含めた適切な措置を講ずべき義務がある。これを行わず漫然と経過を観察した点において、医師の注意義務違反が認められる。
問題の所在(論点)
術後の経過観察において、出血を示す客観的な数値の変化や身体的症状が顕著であったにもかかわらず、輸血や再手術等の適切な止血措置を講じなかった医師の判断に、注意義務違反(過失)が認められるか。
規範
医師の注意義務の基準は、診療当時の臨床医学の実践における医療水準である。消化管手術後の経過観察において、内出血によるショックの兆候(血圧低下、頻脈、血色素量等の著しい減少)が認められる場合には、出血部位の特定に努め、事態の深刻さに応じて輸血や止血のための再手術等、当時の医療水準に照らして合理的とされる措置を速やかに講じなければならない。
重要事実
患者(X)は、被告病院において直腸ポリープ切除術(低位前方切除術)を受けた。術後、Xは38度台の発熱に加え、頻繁なタール便(計10回、推定1000〜1500ml)を排泄した。血圧は一時92/50まで低下し、脈拍も100を超える状態が続いた。血液検査では、術前に12.5g/dlあったHb値が5.2g/dlまで、Ht値も37.1%から15.5%まで激減した。医師(B)は輸液の追加等は行ったが、「術後の通常反応」として輸血や緊急の止血処置を保留した。結果、Xは術後3日目に低血性ショック状態に陥り、多臓器不全により死亡した。
あてはめ
本件では、Hb値が正常値の半分以下である5.2g/dlまで急落し、大量のタール便が継続していた。これは明らかな活動性の内出血を示唆する事実である。一般的な医療水準に照らせば、Hb値7g/dl以下は輸血の絶対的適応とされる。医師Bは、血圧が一時的に回復したこと等から「保存的治療で足りる」と判断したが、バイタルサインの変動やHb値の激減という客観的事実を軽視したものであり、その判断は合理性を欠く。適切な時期に中心静脈圧の測定や輸血、再手術を行っていれば死亡の結果は回避できた可能性が高いといえる。
結論
医師には、Xのショック状態を予見し、速やかに輸血や止血処置を講ずべき注意義務があった。これを怠った診療行為には過失が認められ、病院側の損害賠償責任を肯定すべきである。
実務上の射程
最高裁は原審の「過失否定」を覆し、客観的な検査数値(Hb値等)や臨床症状(タール便の回数・量)から導かれる危険性を重視した。医療現場において、主観的な「経験則」に基づき異常値を軽視することが許されないことを示した事例である。
事件番号: 平成13(受)164 / 裁判年月日: 平成16年9月7日 / 結論: 破棄差戻
看護婦から点滴により抗生剤の投与を受けた患者が投与開始直後にアナフィラキシーショックを発症して死亡した場合において,同抗生剤がその発症の原因物質となり得るものであること,当該患者が薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨を申告していたことなど判示の事実関係の下では,担当医師には,上記抗生剤を投与するに当たって,…