冠状動脈バイパス手術を受けた患者が術後に腸管え死となって死亡した場合において,(1)当該患者は,腹痛を訴え続け,鎮痛剤を投与されてもその腹痛が強くなるとともに,高度のアシドーシスを示し,腸管のぜん動こう進薬を投与されても腸管閉そくの症状が改善されない状況にあったこと,(2)当時の医学的知見では,患者が上記のような状況にあるときには,腸管え死の発生が高い確率で考えられ,腸管え死であるときには,直ちに開腹手術を実施し,え死部分を切除しなければ,救命の余地はないとされていたこと,(3)当該患者は,開腹手術の実施によってかえって生命の危険が高まるために同手術の実施を避けることが相当といえるような状況にはなかったこと,(4)当該患者の症状は次第に悪化し,経過観察によって改善を見込める状態にはなかったことなど判示の事情の下では,担当医師には,当該患者に腸管え死が発生している可能性が高いと診断し,直ちに開腹手術を実施し,腸管にえ死部分があればこれを切除すべき注意義務を怠った過失がある。
冠状動脈バイパス手術を受けた患者が術後に腸管え死となって死亡した場合において担当医師に腸管え死が発生している可能性が高いと診断し直ちに開腹手術を実施すべき注意義務を怠った過失があるとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
開心術後の経過観察において、医学的知見に基づき腸管え死の可能性が高いと診断すべき状況にあり、直ちに開腹手術を実施しなければ救命の余地がない場合には、特段の事情がない限り、早期の診断及び開腹手術実施の注意義務が認められる。
問題の所在(論点)
開心術後の合併症として腸管え死が疑われる状況において、確定診断が困難であり、かつ術後早期の再手術が身体的負担となる臨床現場の状況があった場合でも、早期の診断および開腹手術を実施すべき注意義務(不法行為法上または債務不履行上の過失)が認められるか。
規範
医師の注意義務は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を基準に決せられる。特定の疾患の発生が高い確率で考えられ、直ちに外科的手術を実施して原因を除去しなければ救命の余地がないという医学的知見がある場合、当該疾患の可能性を否定できる特段の事情や、手術実施によりかえって生命の危険が高まるなどの特段の事情がない限り、医師は速やかに当該疾患を診断し、直ちに手術を実施すべき注意義務を負う。
重要事実
冠状動脈バイパス手術(開心術)を受けた患者Aが、術後23日夕刻から強い腹痛を訴え、24日未明には高度のアシドーシス(BE値の急落)を示した。担当のD医師は腸管え死を疑ったが、確定診断に至らず対症療法と経過観察を継続した。24日午前8時時点でレントゲンにより腸閉そく像が認められ、薬物療法でも症状は改善しなかったが、開腹手術が実施されたのは同日午後7時過ぎであった。Aは広範な腸管え死により死亡した。
あてはめ
平成3年当時の医学的知見では、腹痛増強、高度のアシドーシス、腸閉そく症状、薬剤反応なしという条件が揃えば腸管え死の確率が高いとされていた。本件では24日午前8時までにこれらの条件を充足しており、他に可能性を否定できる特段の事情もないため、D医師は同時刻までに腸管え死を診断すべきであった。また、バイタルサインは落ち着いており、同日夕刻には手術が可能であったことから、手術を避けるべき特段の事情も認められない。したがって、経過観察を続けた判断は医療水準に照らし過失があるといえる。
結論
D医師には、24日午前8時ころまでに腸管え死を診断し、直ちに開腹手術を実施すべき注意義務の違反(過失)が認められる。
実務上の射程
医療過失における注意義務の判断において、当時の医療慣行(術直後の再手術を躊躇する傾向)よりも、救命可能性に直結する医学的知見(早期切除の必要性)を優先させた射程を持つ。高度な判断を要する場合でも、放置すれば死に至る蓋然性が高い局面では、早期の決断が厳格に要求されることを示す。
事件番号: 平成18(受)1547 / 裁判年月日: 平成19年4月3日 / 結論: 破棄差戻
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