両手に重い外傷を受けた患者の受傷時の創が著しく汚染された状態であり,外科手術終了時点で細菌感染が懸念されていたこと,外科手術後1週間経過しても発熱が継続するなど細菌感染を疑わせる症状が出現していたにもかかわらず,外科手術後13日目になって初めて創部の細菌検査を実施したこと,細菌検査によって創部から緑のう菌等が検出されたことから,投薬,壊死部分の再手術等が行われたが,結局,患者は細菌感染症に起因する敗血症等によって死亡したことなど判示の事実関係の下においては,細菌検査を実施した時点まで細菌感染を疑わせるうみ状のものや刺激臭が現われていなかった事実をもって,医師による細菌感染症に対する予防措置についての注意義務違反を否定した原審の認定判断には,医師において,緑のう菌等の細菌感染を予見し,それに対応した適切な細菌感染症予防措置を講ずべきであった時期についての認定を誤り,ひいては法令の解釈適用を誤った違法がある。
外科手術後の細菌感染症に対する予防措置について医師の注意義務違反を否定した原審の認定判断に違法があるとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
重篤な外傷の治療において、医師は創の細菌感染から重篤な感染症に至る可能性を考慮し、感染を疑わせる症状が出現した場合には、速やかに細菌検査等の措置を講じて重篤化を予防すべき注意義務を負う。
問題の所在(論点)
高度な汚染を伴う開放創の治療において、特異な刺激臭や膿が未確認である段階であっても、発熱や滲出液の存在をもって細菌検査や感受性判定等の予防措置を講ずべき注意義務(診療契約上の債務不履行または不法行為上の注意義務)が認められるか。
規範
重い外傷の治療を行う医師は、創の細菌感染から重篤な細菌感染症に至る可能性を考慮に入れつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染の有無・感染細菌の特定・抗生剤の感受性判定のための検査等の適切な措置を講じ、重篤な細菌感染症に至ることを予防すべき注意義務を負う。
重要事実
患者Dは、金属プレス機に両手を挟まれ著しく汚染された開放創を負い、病院に搬送された。緊急手術時、医師らは感染を懸念していた。術後翌日には多量の黄色滲出液が認められ、抗生剤投与下でも1週間以上にわたり37〜38度台の発熱が継続していた。しかし、医師らが細菌検査を実施したのは受傷から13日後であり、その間有効な抗生剤の投与がなされない期間があった。その後、Dは緑膿菌による敗血症等で死亡した。
あてはめ
Dの創は受傷時から著しく汚染され、手術時点で医師らも感染の懸念を有していた。術後翌日の黄色滲出液や、抗生剤投与下での1週間にわたる異常な発熱の継続は、細菌感染を強く疑わせる症状といえる。膿や刺激臭の出現を待つまでもなく、看護記録に「感染?」との懸念が記載された時点等、実効的な検査が可能な早期の段階で細菌特定等の措置を講ずべきであった。これらを怠り受傷13日後まで検査を遅延させたことは、重篤化回避のための予防措置として不適切であり、注意義務違反を構成する。また、早期に適切ながなされていれば死亡時点で生存していた蓋然性も否定できない。
結論
医師には、現実に細菌検査を行った時点より前の段階で、感染を疑い検査や適切な抗生剤投与を行うべき注意義務違反が認められるため、原審の注意義務違反を否定した判断には違法がある。
実務上の射程
医療過失における注意義務の発生時期に関する規範。特に「典型的な症状(膿や悪臭)」が出る前の、発熱や滲出液といった初期症状の段階で、重篤化を予見し検査等の回避措置を講じるべき「早期の注意義務」を基礎づける際に有用である。相当因果関係(生存の蓋然性)の判断においても、早期対応の有無が鍵となることを示唆している。
事件番号: 平成15(受)1739 / 裁判年月日: 平成18年1月27日 / 結論: 破棄差戻
入院患者がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染した後に死亡した場合につき,鑑定書には,担当医師が早期に抗生剤バンコマイシンを投与しなかったことは当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載があることがうかがわれ,医師の意見書は,担当医師が早期に上記抗生剤を投与しなかったことにつ…