食道がんの手術の際に患者の気管内に挿入された管が手術後に抜かれた後に,患者が,進行性のこう頭浮しゅにより上気道狭さくから閉そくを起こし,呼吸停止及び心停止に至った場合において,上記抜管の約5分後に患者の吸気困難な状態が高度になったことを示す胸くうドレーンの逆流が生じたことなどから,その時点で,担当医師は,患者のこう頭浮しゅの状態が相当程度進行し,既に呼吸が相当困難な状態にあることを認識することが可能であり,これが更に進行すれば,上気道狭さくから閉そくに至り,呼吸停止,ひいては心停止に至ることも十分予測することができたなど判示の事情の下においては,担当医師には,上記時点で,再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務を怠った過失がある。
食道がんの手術の際に患者の気管内に挿入された管が手術後に抜かれた後に患者が進行性のこう頭浮しゅにより上気道狭さくから閉そくを起こして呼吸停止及び心停止に至った場合において担当医師に再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務を怠った過失があるとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
食道がん根治術後の抜管において、気道閉塞の危険性が高い医学的知見があり、かつ高度の吸気困難を示す兆候が認められる場合には、医師は直ちに再挿管等の気道確保の処置を採るべき注意義務を負う。抜管後に一時的な呼吸の安定が見られたとしても、進行性の喉頭浮腫という基本状況に変化がない限り、当該注意義務は否定されない。
問題の所在(論点)
不法行為(民法709条)または債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償請求において、抜管後に一時的な安定が見られた場合に、再挿管等の気道確保措置を講じなかった医師の過失(注意義務違反)が認められるか。
規範
医師の注意義務(過失)は、当該診療当時の臨床医学の実施上の指針に照らし、予見可能な危険に対して結果回避措置を採るべき義務として構成される。高度の喉頭浮腫から気道閉塞に至る危険が医学的に周知されており、かつその具体的予兆(予見可能性)が認められる場合には、直ちに再挿管等の適切な気道確保の措置を講じるべき結果回避義務が発生する。
重要事実
食道全摘術を受けた患者に対し、医師が術後3日目に経鼻気管内挿管を抜管した。抜管直後、医師は喉頭浮腫を確認し、さらに高度の吸気困難を示す胸腔ドレーンの逆流、努力性呼吸、嗄声等の兆候を認めた。しかし医師は直ちに再挿管せず様子を見た。その後数分間、一時的に呼吸が安定したと判断して目を離した隙に、患者は喉頭浮腫による気道閉塞から呼吸停止・心停止に陥り、植物状態となった。
あてはめ
まず、食道がん術後は喉頭浮腫による上気道閉塞の危険が高く、抜管後1時間は要注意であるという医学的知見から、高度の注意義務が課される。次に、抜管5分後に生じたドレーンの逆流、努力性呼吸、嗄声といった事実は、上気道狭窄から閉塞に至る十分な兆候であり、医師にとって呼吸停止の予見は可能であった(予見可能性)。さらに、その後の「一時的な安定」は、進行性の喉頭浮腫という病態の根本的変化を意味せず、依然として気道確保の必要性は継続していたといえる。したがって、ドレーンの逆流が生じた時点で直ちに再挿管等の措置を講じるべきであった(結果回避義務違反)。
結論
医師には、抜管後に呼吸困難の兆候が生じた時点で再挿管等の気道確保措置を採るべき注意義務があり、これを怠った過失が認められる。
実務上の射程
医療過失における「予見可能性」と「結果回避義務」の具体的判断枠組みを示す。特に、臨床上の一時的な症状の改善(中だるみ現象)があっても、基礎疾患や手術内容から予測される危険な病態が継続している場合には、注意義務が軽減されないことを強調する際に有用である。
事件番号: 平成18(受)1547 / 裁判年月日: 平成19年4月3日 / 結論: 破棄差戻
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