医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合における医師の不法行為の成否
民法709条
判旨
医師が過失により医療水準にかなった診療を行わなかった場合、患者の死亡との因果関係が証明できずとも、適切な診療により生存していた「相当程度の可能性」が証明されれば、医師は不法行為責任を負う。生命維持という基本的な利益は法的に保護されるべきであり、その機会を奪うことは慰謝料請求の対象となる独立の法益侵害を構成する。
問題の所在(論点)
医療過失と患者の死亡との間に法的な因果関係(高度の蓋然性)が証明されない場合において、生存していたであろう「相当程度の可能性」を侵害したことを理由として、不法行為責任を問いうるか。
規範
疾病により死亡した患者の診療において、医師の過失により適切な医療が行われなかった場合、当該医療が行われていれば「患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」の存在が証明されるときは、不法行為(民法709条、715条)に基づく損害賠償責任を負う。これは、生命維持の利益が基本的な利益であり、その生存の可能性自体が法によって保護されるべき利益であることに基づく。
重要事実
Dは突然の背部痛等により上告人経営の病院を受診したが、担当のF医師は問診・触診・聴診等のみを行い、血圧測定や心電図検査を実施しなかった。F医師は急性すい炎や狭心症を疑いながら、点滴等の処置を優先し、胸部疾患に対する適切な初期治療(ニトログリセリン投与等)を怠った。その後Dは容体が急変し、心不全により死亡した。適切な医療が行われていればDを救命し得た「高度の蓋然性」までは認められないが、救命できた「可能性」は認められる事案であった。
あてはめ
F医師は、胸部疾患が疑われる患者に対し、血圧測定や心電図検査等を行うべき基本的義務を怠っており、当時の医療水準に照らして過失が認められる。Dの死因は不安定型狭心症から急性心筋梗塞に至ったものであり、適切な医療が行われていれば生存していた「高度の蓋然性」は立証されていない。しかし、生存していた「相当程度の可能性」は認められるところ、生命維持は人にとって最も基本的な利益である。したがって、F医師の過失により適切な医療を受ける機会が不当に奪われたことは、Dの法的利益の侵害に該当し、精神的苦痛を生じさせたといえる。
結論
F医師の使用者である上告人は、民法715条に基づき、適切な医療を受ける機会を奪われたことに対する慰謝料(200万円)の支払義務を負う。
実務上の射程
医療過失と結果の因果関係が不明な場合の「期待権」的な構成として重要である。あくまで「相当程度の可能性」の侵害を理由とする慰謝料請求を認めるものであり、死亡そのものを損害とする賠償(逸失利益等)までは認められない点に注意が必要である。
事件番号: 平成14(受)1257 / 裁判年月日: 平成15年11月11日 / 結論: 破棄差戻
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