顔面けいれんの根治術である脳神経減圧手術を受けた後間もなく手術部位である小脳橋角部の近傍部等に血腫を生じ、その結果患者が死亡した場合において、術前検査である高血圧症とは認められず手術適応があるとされている上、高血圧性脳内出血が小脳内に発生する確率は低く、他方、手術内容が小脳右半球を開排し小脳橋角部において顔面神経と脳動脈の接触部分をはく離するという小脳内出血を引き起こす可能性を有するものであり、かつ、手術記録及び診療録に本件手術の施行とその後の患者の脳内血腫の発生との関連性を疑わせる記載があるなど判示の事実関係の下においては、その体裁等から客観的資料を精査した上でされたものか疑問のある鑑定結果等に依拠して血腫の原因が本件手術にあることを否定した原審の認定判断には、経験則ないし採証法則違背の違法がある。
顔面けいれんの根治術である脳神経減圧手術を受けた後間もなく患者が脳内血腫を生じその結果死亡した場合につき脳内血腫の原因が右手術にあることを否定した原審の認定判断に違法があるとされた事例
民法709条,民訴法247条
判旨
医療過失の存否が争われる事案において、手術部位と病変部位の近接性や時間的密着性等の諸事実から過失が強く疑われる場合、他の原因による可能性が極めて低いのであれば、具体的な過失態様の特定・立証が不十分でも過失が推認される。
問題の所在(論点)
直接的な過失の証拠や具体的な操作ミスが特定できない場合に、術後の経過や解剖結果等の間接事実のみから、医師の術中操作上の過失を推認することができるか。
規範
不法行為法上の過失の認定において、高度な専門性を要する医療行為であっても、患者の健康状態、手術の内容と操作部位、手術と病変発生の時間的近接性、当該手術から起こり得る術後合併症の内容と患者の症状、病変部位等の諸事実から、通常人をして操作上の誤りに起因するとの強い疑いを抱かせる場合には、他の原因(特異体質等)による発生の可能性が実際上極めて低い限り、具体的な過失の立証がなくとも、経験則上の過失の推認を認めるのが相当である。
重要事実
患者Fは、顔面けいれんの根治手術(神経減圧術)を受けたが、術後間もなく小脳内出血等により死亡した。Fは術前の検査で高血圧症等の素因はなく手術適応ありと診断されていた。手術担当医は、小脳を脳ベラで開排し血管を操作したが、術後のCTや解剖結果では、手術操作を行った右小脳半球や小脳虫部に強い出血壊死が認められた。一方で、小脳への高血圧性脳内出血の発生確率は約1割と低く、動脈瘤等の自発的出血原因も確認されなかった。また、手術記録には硬膜内操作中に通常は生じ得ない150mlの出血が記録されていた。
あてはめ
Fは術前に手術耐容能があると判断されており、術中に偶然高血圧性出血等を起こす可能性は実際上極めて低い。また、脳ベラ操作等の侵襲部位と血腫が生じた部位はわずか1cm程度の距離であり、時間的にも手術直後に発生していることから、手術操作と病変の関連性は極めて高いといえる。さらに、硬膜内操作中に相当量の出血が記録されている事実は血管損傷の疑いを強めるものである。これらの諸事実を総合すれば、具体的な過失態様の立証が困難であっても、手術中の何らかの操作上の誤りが原因であったと推認するのが経験則に合致する。
結論
被告医師らには手術中の操作上の過失があったと推認される。これと異なる判断で請求を棄却した原判決には経験則・採証法則違背があるため、破棄・差し戻しを免れない。
実務上の射程
医療過失における「事実推定(過失の推認)」の枠組みとして重要。具体的なミスを特定できずとも、消去法的に「他に原因が考えにくい」状況を間接事実で固めることで、過失の立証責任を実質的に軽減させる論理として答案上活用できる。
事件番号: 平成9(オ)42 / 裁判年月日: 平成12年9月22日 / 結論: 棄却
医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。