注射の際の医師による消毒の不完全を理由とする損害賠償の請求を認容する判決において、右消毒の不完全が注射器具、施術者の手指もしくは患者の注射部位のいずれに存するかを確定しないで過失を認定しても、違法とはいえない。
医師の消毒の不完全を理由とする損害賠償の請求を認容する判決において右消毒の不完全部分を確定しないで過失を認定しても違法でないとされた事例。
民法709条,民訴法395条1項6号
判旨
医療過誤における過失の認定において、考え得る複数の感染経路のうち、医師側の管理外にある原因を具体的に否定した上で、医師側の消毒不完全という蓋然性の高い経路を特定したならば、具体的な不備の箇所を特定せずとも過失を認めることができる。
問題の所在(論点)
民法709条に基づく損害賠償請求において、医療事故の原因となった過失の内容を特定する際、具体的な不注意の箇所(器具か手指か等)を個別に確定することなく、包括的に「消毒不完全」として過失を認めることが許されるか。
規範
診療行為の特殊性に鑑み、特定の事故が生じる可能性のある複数の経路のうち、医師側の管理によらない原因(注射薬の不良、空気中からの混入、患者の内的要因等)が証拠上否定される場合には、残る医師側の管理すべき対象(器具、手指、患部)のいずれかに消毒不完全があったと推認して過失を認定することが許される。この際、器具・手指・患部のうち具体的にいずれの消毒が不完全であったかまでを個別に確定する必要はない。
重要事実
医師(被告・上告人)が患者(原告・被上告人)に対し麻酔注射を行ったところ、ブドウ状球菌の感染により患者に硬膜外膿瘍等の障害が生じた。裁判所は感染経路として、①注射器具・手指・患部の消毒不完全、②注射薬の不良、③空気中からの混入、④患者自身の血行性感染の4つを想定。検討の結果、②から④の可能性を否定し、①を原因と認定したが、①のうち具体的に器具・手指・患部のどれが原因かは特定しなかった。
あてはめ
本件では、医師が管理し得ない要因(②〜④)による伝染が否定されている。一方、医師が完全な消毒を行っていれば本件の病気に罹患することはなかったと判断される。そうである以上、医師にはブドウ状球菌を伝染させないよう万全の注意を払い、診療用具等の消毒を完全に行うべき注意義務がある。具体的に器具、手指、患部のいずれの消毒が不完全であったかが不明であっても、そのいずれかに不備があったことは明らかであり、医師としての注意義務を怠ったものと評価される。
結論
被告である医師に過失があるとした原審の判断は正当であり、具体的な消毒不全の箇所の特定は不要である。上告棄却。
実務上の射程
医療過誤における「過失の特定」の緩和に関する重要判例である。原告側が全ての過失態様を個別具体的に立証することが困難な事案において、消去法的な推認を用いて過失を認定する手法(いわゆる間接反証や事実上の推定に近い枠組み)を答案で展開する際の根拠となる。
事件番号: 平成8(オ)609 / 裁判年月日: 平成11年3月23日 / 結論: 破棄差戻
顔面けいれんの根治術である脳神経減圧手術を受けた後間もなく手術部位である小脳橋角部の近傍部等に血腫を生じ、その結果患者が死亡した場合において、術前検査である高血圧症とは認められず手術適応があるとされている上、高血圧性脳内出血が小脳内に発生する確率は低く、他方、手術内容が小脳右半球を開排し小脳橋角部において顔面神経と脳動…