整形外科医が,自ら執刀した下肢の骨接合術等の手術後の合併症として下肢深部静脈血栓症を発症しその後遺症が残った患者につき,その訴えた足の腫れ等の症状の原因が同血栓症にあることを疑うには至らず,血管疾患を扱う専門医に紹介するなどしなかったとしても,次の(1)〜(3)など判示の事実関係の下では,上記整形外科医の医療行為が著しく不適切なものであったということはできず,上記整形外科医につき,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任の有無を検討する余地はない。 (1) 上記患者は,上記手術時に装着されたボルトの抜釘後は,手術後約9年を経過した後の診察時まで,上記症状を訴えることはなかった。 (2) 上記整形外科医は,上記診察時の訴えに対し,レントゲン検査等を行うなどした。 (3) 上記診察当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけではなかった。
適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする整形外科医の不法行為責任の有無を検討する余地がないとされた事例
民法709条
判旨
医療過誤訴訟において、適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする不法行為責任が成立し得るのは、当該医療行為が医療水準に照らして著しく不適切なものである場合に限られる。本件では、当時の整形外科医の認識水準や医師の具体的な診察状況に照らし、期待権侵害の余地はないとされた。
問題の所在(論点)
医師による医療行為が、後遺症残存との因果関係や相当程度の可能性を基礎付けるに至らない場合であっても、適切な医療行為を受ける期待権を侵害したとして不法行為責任(民法709条)を負うか、その成立要件が問題となる。
規範
患者が適切な医療行為を受けられなかった場合に、医師が患者に対し、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が「著しく不適切なものである」事案について検討し得るにとどまる。医療水準に照らして合理的な診療措置が講じられている場合には、同責任を負う余地はない。
重要事実
患者Xは、医師Y2の執刀により脚の手術を受けた後、左足の腫れを訴えた。Y2はレントゲン検査や外形的診察を行ったが、整形外科的機能障害がないこと等から経過観察とした。後の専門医の診断により、Xは手術合併症の下肢深部静脈血栓症(本件後遺症)と判明した。しかし、手術当時は整形外科医の間で同症状の認識が一般化しておらず、かつ、Xが再受診した平成9年時点では既に有効な治療法がなかった。原審は、Y2が専門医に紹介しなかったことを「期待権侵害」として慰謝料を認めたが、Y2らが上告した。
あてはめ
Y2は各診察時にレントゲン検査や皮膚科受診の勧奨を行っており、当時の我が国の整形外科医において手術に伴う深部静脈血栓症の頻度が一般的に認識されていたわけでもなかった。そうすると、Y2が本件後遺症を疑わず専門医に紹介しなかったとしても、その医療行為が「著しく不適切」であったとはいえない。平成9年時点で既に適切な治療法がなかったことも併せれば、法的に保護された期待権を侵害したと評価するに足りる特段の事情は認められない。
結論
医師Y2の医療行為は著しく不適切とはいえず、期待権侵害を理由とする不法行為責任は成立しない。
実務上の射程
因果関係不明の事案において、安易に「期待権侵害」という構成で損害賠償を認めることを抑制する射程を持つ。答案上は、まず過失と結果の因果関係(または相当程度の可能性)を検討し、それが否定される場合の予備的主張として期待権侵害を検討する際、「著しく不適切」という高いハードルを課す規範として用いる。
事件番号: 平成21(受)733 / 裁判年月日: 平成23年4月26日 / 結論: 破棄自判
精神神経科の医師が,過去に知人から首を絞められるなどの被害を受けたことのある患者に対し,人格に問題があり,病名は「人格障害」であると発言するなどした後,上記患者が,精神科の他の医師に対し,頭痛,集中力低下等の症状を訴え,上記の言動を再外傷体験としてPTSD(外傷後ストレス障害)を発症した旨の診断を受けたとしても,次の(…