医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。 (補足意見がある。)
医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項と医師の注意義務
民法415条,民法709条
判旨
医師が医薬品の添付文書(能書)に記載された注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合、従わなかったことに特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。医療水準は注意義務の基準となる規範であり、平均的医師が行っている医療慣行とは必ずしも一致しない。
問題の所在(論点)
不法行為法(又は債務不履行)上の過失の判断基準となる「医療水準」と「医療慣行」の関係、および「医薬品添付文書(能書)」に反する行為と過失の推定の成否が問題となる。
規範
1. 医師の注意義務の基準は、診療当時の臨床医学の実践における「医療水準」であり、当該医師の専門分野、診療機関の性格、所在地域の医療環境等を考慮して決せられる。2. 医療水準は注意義務の規範であるため、平均的な医師が行っている「医療慣行」に合致しても直ちに注意義務を尽くしたとはいえない。3. 医薬品の添付文書(能書)の記載は、患者の安全確保を目的に製造業者が提供する高度な情報である。したがって、医師がこれに従わず事故が発生した場合には、特段の合理的理由がない限り過失が推定される。
重要事実
患者A1(当時7歳)は、B1経営の病院でB2医師による虫垂切除手術を受けた。B2は腰椎麻酔(ペルカミンS)を使用したが、麻酔剤の能書には「注入後10〜15分までは2分間隔で血圧を測定すべき」旨の注意記載があった。しかし、当時の一般開業医の間では「5分間隔」が常識とされていたため、B2も5分間隔の測定を指示するにとどまった。執刀開始直後、A1は迷走神経反射等による急激な血圧低下・心停止に陥り、脳機能低下症の重篤な後遺症を負った。原審は、医療慣行を基準に過失を否定し、因果関係も認めなかった。
あてはめ
1. 本件麻酔剤の能書には2分間隔の血圧測定が明記されていた。この措置は高度な知識・技術を要さず、看護婦を配置していた本件病院で実施に支障はなかったため、能書に従わない合理的理由はない。2. 一般開業医が5分間隔を常識としていたとしても、それは単なる「医療慣行」にすぎず、安全確保のために示された「医療水準」としての注意義務を免れさせるものではない。3. 因果関係について、仮に2分間隔で測定していれば、迷走神経反射に先立つ潜在的な血圧低下を早期に発見でき、手術続行を回避して結果を回避できた可能性が高い。したがって、注意義務違反と結果との間の因果関係も認められる。
結論
B2には能書の注意事項に従わなかった過失があり、これとA1の損害との間の因果関係も認められる。したがって、B1およびB2の損害賠償責任が認められる(原判決破棄・差し戻し)。
実務上の射程
医療過誤訴訟における過失認定の最重要判例の一つ。規範部分(医療水準と慣行の峻別)は、当時の標準的治療から逸脱しているが、慣行として定着しているようなケース全般に適用できる。添付文書の記載については「過失の推定」という強い法的効果を認めており、答案上は、まず能書の記載を確認し、次に不遵守の合理的理由(緊急性や個別事情)があるかを検討する枠組みで用いる。
事件番号: 平成12(受)1556 / 裁判年月日: 平成14年11月8日 / 結論: 破棄差戻
医薬品添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)の副作用がある旨記載された薬剤等を継続的に投与されている患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生が認められたことなど判示の事実関係の下においては,当時の医療上の知見において過敏症状が同症候群へ移行することを予測し得たものとすれば,医師は…