昭和四二年四月出生した際体重一四〇〇グラム、在胎週数三一週未満、重篤な呼吸障害のあつた極小未熟児に対する予防ないし治療の方法が、当時における未熟児網膜症に関する学術上の見解や臨床上の知見として一般に受容されていたところにほぼ従つて行われ当時の医学水準に適合したもので、小児科医師としての裁量の範囲を超えた不相当なものではないなど、判示の事実関係のもとにおいては、小児科医師が右未熟児に対して採つた酸素供給管理上の措置に過失はない。
昭和四二年四月出生した極小未熟児に対する小児科医師の酸素供給管理上の措置に過失がないとされた事例
民法709条,民法715条
判旨
医師の注意義務の基準となる医学水準は、診療当時において学術上の見解や臨床上の知見として一般に受容されているものであるべきであり、医師がこれに適合した措置を講じている限り、過失は否定される。
問題の所在(論点)
不法行為法上の過失(民法709条)の判断基準となる「医学水準」をいかに解すべきか。特に、一部の専門機関で開始されたばかりの高度な管理体制や検査義務が、当時の一般的な医師の注意義務の内容に含まれるか。
規範
医師の注意義務の基準となるべき医学水準は、診療当時において学術上の見解や臨床上の知見として一般に受容されていたところに求められる。医師が行った予防または治療の方法が、当時の医学水準に適合したものである限り、その措置は医師としての裁量の範囲内にあるものとして、過失は否定される。
重要事実
昭和42年、未熟児(上告人)に対し、小児科医(被上告人)が酸素投与を行った結果、未熟児網膜症により失明した。当時、酸素濃度を40%以下に制限する等の予防法は定説化していたが、眼科的管理(眼底検査等)の重要性は一部の病院で提唱され始めた段階にすぎず、未熟児の初期症状を判別できる眼科医も少なく、確実な治療法も未開発であった。被告医師は、定説に従い酸素濃度を管理し、重篤な呼吸障害への対応を優先した。
あてはめ
被告医師が講じた酸素供給管理は、当時定説とされていた「酸素濃度40%以下」等の予防法にほぼ従ったものであり、一般に受容されていた知見に適合していた。また、当時の状況下では眼科的管理は普及しておらず、未熟児の生命保持のために酸素投与は必要不可欠な措置であった。確実な治療法が未開発であった以上、眼底検査を実施しなかったことも当時の医学水準に照らして不相当とはいえず、医師としての裁量の範囲内であったと評価される。
結論
被告医師の措置に過失があったとは認められず、上告を棄却する。
実務上の射程
医療過失における「医学水準」の意義を明確にした重要判例である。答案上は、期待される注意義務を具体化する際の基準として本規範を提示する。特に「一部の大学病院でのみ実施されていた特殊な手法」と「一般に受容された知見」を区別し、診療当時の実践可能性や普及度を重視する論法において射程が及ぶ。
事件番号: 昭和55(オ)948 / 裁判年月日: 昭和57年7月20日 / 結論: 棄却
昭和四四年四月に出生した極小未熟児の診療が行なわれた当時は、未熟児の酸素療法にあたりその濃度さえ制限すれば未熟児網膜症発症の危険がないとの知見が一般的であり、早期発見治療を目的とする眼底検査の実施は、一流の診療機関においても期待できなかつたなど判示の事実関係のもとにおいては、担当医師において右の検査の必要性を認識せず、…