昭和四五年一〇月出生した極小未熟児の診療が行われた同年一一月ころ当時、光凝固法は臨床医学の実践における医療水準としては未熟児網膜症の有効な治療方法として確立されておらず、担当の眼科医師も有効な治療方法と結びついた眼底検査の必要性を認識していなかつたなど判示の事実関係のもとにおいては、眼底検査につき同児の両親の要求を受けた小児科医師から依頼があつたとしても、右眼科医師に検査結果についての告知説明義務はない。
昭和四五年一〇月出生した極小未熟児の眼底検査をした眼科医師に検査結果についての告知説明義務がないとされた事例
民法415条,民法709条,民法715条
判旨
医師が負う注意義務の基準は、診療当時の臨床医学の実践における医療水準である。未熟児網膜症の有効な治療法が医療水準として確立していなかった当時においては、眼底検査の実施やその結果を説明すべき法的義務は認められない。
問題の所在(論点)
診療契約上の債務不履行(注意義務違反)の有無を判断する際の基準となる「医療水準」の意義、および有効な治療法が未確立であった当時において医師に眼底検査・結果告知義務が認められるか。
規範
医師が負う注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。人の生命および健康を管理する業務の性質上、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意を要求されるものの、それは当時の臨床医学の知見に基づき一般の医療機関に期待される水準を超えて義務を課すものではない。
重要事実
昭和45年、極小未熟児として出生したB1は、F病院で酸素投与を受けた。退院時、両親の要望で嘱託医Hが眼底検査を行ったが、異常なしとの不正確な説明がなされた。帰宅後、B1は未熟児網膜症により失明。当時の医療水準では、光凝固法などの治療法は実験段階にあり、一般的治療法として確立しておらず、香川県内の他病院でも定期的眼底検査は普及していなかった。両親は病院に対し、診療契約上の義務違反を理由に損害賠償を請求した。
あてはめ
B1が入院していた昭和45年当時、本症に対する光凝固法は一部の研究者が実験的に行っていた段階であり、学界で一般的に評価・確立された治療法ではなかった。また、副腎皮質ホルモン等の薬物療法も有効性が否定されつつあった。このように、有効な治療法が当時の臨床医学の実践における医療水準として確立されていなかった以上、医師Hに有効な治療法と結びついた眼底検査の必要性を認識すべき法的根拠はなく、検査結果を詳細に告知説明すべき義務も負わない。したがって、Hの対応に不適切な点があったとしても、直ちに法的義務違反(過失)を認めることはできない。
結論
被告病院に債務不履行責任は認められない(被上告人らの請求棄却)。
実務上の射程
医療過失の有無を判断する「医療水準」について、当時の『臨床医学の実践』を基準とすべきことを明示した重要判例。先端医療や実験的治療法が存在しても、それが一般的に普及・確立していなければ、その未実施を直ちに過失とは評価できないとする論理は、現在も医療訴訟の規範として維持されている。
事件番号: 昭和54(オ)1386 / 裁判年月日: 昭和57年3月30日 / 結論: 棄却
一 昭和四四年一二月出生した未熟児の観護療養が行われた昭和四五年初めにおいては副腎皮質ホルモン等の薬物療法が有効視されていたとしても、原審口頭弁論終結の昭和五三年六月当時においては右薬物療法は積極的な治療効果がないものと認められるなど、判示の事実関係のもとにおいては、眼科医師が右未熟児に対して採つた薬物投与についての診…