医薬品添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)の副作用がある旨記載された薬剤等を継続的に投与されている患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生が認められたことなど判示の事実関係の下においては,当時の医療上の知見において過敏症状が同症候群へ移行することを予測し得たものとすれば,医師は,同症候群の発症を予見し回避の措置を講ずべき義務を負っていたものであり,同症候群の症状自体が出現していなかったことなどから直ちに医師の過失を否定した原判決には,上記薬剤の投与についての医師の過失に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。
医薬品添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群の副作用がある旨記載された薬剤等を継続的に投与中の患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生を認めた医師に上記薬剤の投与についての過失がないとした原判決に違法があるとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
医師が向精神薬を投与する際、薬剤の添付文書に記載された重篤な副作用の知見を最新の医療情報に基づき把握すべき義務を負う。初期の過敏症状が認められた場合、より重篤な疾患への移行を予見し、投薬中止を含めた回避措置を講じるべき注意義務を認めた。
問題の所在(論点)
不法行為法上の過失(注意義務違反)の有無。特に、添付文書に副作用の注意書きがある薬剤につき、初期の過敏症状が出現した段階で、将来の重篤な副作用(本件症候群)への移行を予見し、投与を中止すべき義務があったか。
規範
医師は、薬剤を使用する際、添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、可能な限りの最新情報を収集する義務を負う。添付文書に副作用として重篤な疾患(本件症候群等)が記載されている場合、例示された初期の過敏症状が認められたときは、それが重篤な疾患へ移行する可能性を念頭に置き、十分な経過観察を行い、症状が軽快しない場合には投薬を中止するなどして、重篤な結果の発生を回避すべき注意義務がある。この判断において、単に診断が確定した時点のみを基準とするのではなく、当時の医学的知見に基づき、移行の予見可能性や回避措置の妥当性を検討すべきである。
重要事実
精神障害で入院した患者に対し、医師らは向精神薬(フェノバール等)を投与した。投与開始後、患者の顔面に発赤や発しん等の過敏症状が現れたが、医師らは他の薬剤(テグレトール)の副作用と判断して同薬のみを中止し、フェノバールは逆に増量した。その後、患者は口角炎、皮膚剥離、高熱等の症状を呈し、最終的にスティーブンス・ジョンソン症候群を発症して失明した。フェノバールの添付文書には、副作用として過敏症状が現れた場合には投与を中止すべきこと、また稀に同症候群が現れることが記載されていた。
あてはめ
本件薬剤(フェノバール)の添付文書には、過敏症状が出た際の投薬中止と、稀に本件症候群が発症する旨が明記されていた。当時の医学的知見では、軽微な薬しんから重篤な本件症候群へ移行し得ることは認識可能であったといえる。医師らは、3月20日に発しん等の過敏症状を認めたのであるから、単に特定の1薬を中止するだけでなく、本件薬剤による副作用も疑い、投薬の中止を検討すべきであった。患者の皮膚症状が軽快しないにもかかわらず、本件薬剤を増量・継続したことは、本件症候群への移行を予見し回避すべき義務を尽くしたものとはいえず、裁量の範囲内として過失を否定した原審の判断は是認できない。
結論
医師に過失がないとした原審の判断には、過失に関する法令の解釈適用の誤りおよび審理不尽の違法がある。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
医療過失における注意義務の基準として「添付文書の記載」を重視した重要判例。臨床における「医師の裁量」を尊重しつつも、添付文書に明記された重篤な副作用の予兆(過敏症状)を見過ごして投薬を継続・増量した場合には、過失が肯定されやすいことを示唆している。答案上は、予見可能性の対象を「最終的な重篤疾患」そのものではなく「その予兆となる症状」に引き付けて論じる際の有力な根拠となる。
事件番号: 平成4(オ)251 / 裁判年月日: 平成8年1月23日 / 結論: その他
医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。 (補足意見がある。)