一 医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係は、医師が右診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度のがい然性が証明されれば肯定され、患者が右診療行為を受けていたならば生存し得たであろう期間を認定するのが困難であることをもって、直ちには否定されない。 二 肝硬変の患者が後に発生した肝細胞がんにより死亡した場合において、医師が、右患者につき当時の医療水準に応じた注意義務に従って肝細胞がんを早期に発見すべく適切な検査を行っていたならば、遅くとも死亡の約六箇月前の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の大きさの肝細胞がんを発見し得たと見られ、右治療法が実施されていたならば長期にわたる延命につながる可能性が高く、他の治療法が実施されていたとしてもやはり延命は可能であったと見られるとしながら、仮に適切な診療行為が行われていたとしてもどの程度の延命が期待できたかは確認できないとして、医師の検査に関する注意義務違反と患者の死亡との間の因果関係を否定した原審の判断には、違法がある。
一 医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断と患者が適切な診療行為を受けていたとした場合の生存可能期間の認定 二 医師が肝硬変の患者につき肝細胞がんを早期に発見するための検査を実施しなかった注意義務違反と患者の右がんによる死亡との間の因果関係を否定した原審の判断に違法があるとされた事例
民法416条,民法709条
判旨
医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は、医師が注意義務を尽くして診療を行っていれば、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば肯定される。この判断において、生存期間がどの程度であったかは損害額の算定の問題にすぎず、因果関係の存否を直ちに左右しない。
問題の所在(論点)
医療過誤における医師の不作為(検査・治療義務違反)と患者の死亡との間の相当因果関係の立証において、死の時点における生存の高度の蓋然性が必要か。また、具体的な延命期間の確実性は因果関係の成否に影響するか。
規範
訴訟上の因果関係の立証は、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであれば足りる。医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係については、適時適切な診療を行っていれば患者が「その死亡の時点においてなお生存していたであろう」ことを是認し得る高度の蓋然性が認められれば肯定される。
重要事実
肝硬変の患者D(当時53歳)は、肝細胞癌発生の高危険群に属していたが、主治医の被上告人は、約2年8ヶ月の診療期間中、定期的なAFP検査や腹部超音波検査を怠った。Dは肝細胞癌の破裂により、その発見からわずか数日後(昭和61年7月27日)に死亡した。原審は、適切な検査を行っていれば死亡の約6ヶ月前に癌を発見でき、延命の可能性はあったと認めつつ、具体的な延命期間が不明であることを理由に死亡との因果関係を否定した。
あてはめ
被上告人が当時の医療水準に従って適切に検査を実施していれば、死亡の約6ヶ月前には外科的切除術が可能な段階で癌を発見し得た。当時の医療知見によれば、当該段階での切除術等は「長期にわたる延命」や「ある程度の延命効果」をもたらすものであった。この事実は、Dが実際の死亡時点(7月27日)においてなお生存していたであろう高度の蓋然性を肯定させるものである。原審が「どの程度の延命が期待できたか確認できない」とした点は、得べかりし利益等の損害額算定において考慮すべき事柄であり、死亡との因果関係自体を否定する理由にはならない。
結論
適時適切な治療により死亡の時点で生存していたであろう高度の蓋然性が認められる以上、不作為と死亡との間の因果関係は肯定される。原判決の因果関係を否定した部分は破棄を免れない。
実務上の射程
医療過誤訴訟における因果関係立証のスタンダード(高度の蓋然性)を再確認しつつ、「死亡時点での生存」を基準とすることを明確にしたもの。実務上、延命利益(期待権)の侵害にとどまるのか、死亡そのものの責任(全損害)を問えるのかの境界線として機能する。答案では、具体的な生存可能性の程度を事実から拾い、本規範に当てはめて「死亡そのものとの因果関係」の有無を論じる際に用いる。
事件番号: 平成9(オ)42 / 裁判年月日: 平成12年9月22日 / 結論: 棄却
医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。