1 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は,信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできないが,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものであるときは,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となる。 2 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は,賃貸借契約締結から明渡しまでの経過期間に応じて18万円ないし34万円のいわゆる敷引金を保証金から控除するというもので,上記敷引金の額が賃料月額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていること,賃借人が,上記賃貸借契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等の一時金を支払う義務を負っていないことなど判示の事実関係の下では,上記敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,消費者契約法10条により無効であるということはできない。
1 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約が消費者契約法10条により無効となる場合 2 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事例
(1,2につき)消費者契約法10条,民法619条2項
判旨
居住用建物の賃貸借契約における敷引特約は、通常損耗等の補修費用として想定される額や賃料、他の一時金の額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎる場合には、特段の事情のない限り、消費者契約法10条により無効となる。本件では、賃料の約2倍から3.5倍強にとどまる敷引金の額は高額に過ぎるとはいえず、同条により無効とはならない。
問題の所在(論点)
居住用建物の賃貸借契約における敷引特約が、任意規定(通常損耗等について賃借人が原状回復義務を負わない原則)に反して消費者の義務を加重し、信義則に反してその利益を一方的に害するものとして、消費者契約法10条により無効となるか。
規範
1. 敷引特約は、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むため、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重する(消費者契約法10条前段)。 2. 同条後段の「信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たるか否かは、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料、礼金等他の一時金の額等に照らし、敷引金の額が「高額に過ぎる」か否かで判断する。 3. 高額に過ぎると評価される場合、賃料が近傍同種の相場に比して大幅に低額であるなどの「特段の事情」がない限り、当該特約は無効となる。
重要事実
1. 賃借人(消費者)と賃貸人との間で、賃料月額9万6000円、保証金40万円とする居住用建物の賃貸借契約を締結した。 2. 本件契約には、経過年数に応じて18万円から34万円を保証金から控除する「敷引特約」が付されていた(本件では21万円が控除対象)。 3. 賃借人は他に礼金等の一時金を支払っておらず、更新料(1か月分)の合意があるのみであった。 4. 賃借人が、敷引特約は消費者契約法10条に反し無効であるとして、控除された21万円の返還を求めた。
あてはめ
1. 本件敷引金の額(18万〜34万円)は、経過年数や建物の場所・面積等に照らし、通常想定される補修費用を大きく超えるとはいえない。 2. 敷引金の額は賃料の約2倍弱ないし3.5倍強にとどまっている。 3. 他に礼金等の一時金を支払っていない。 4. 以上に照らせば、本件敷引金の額が「高額に過ぎる」と評価することはできず、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえない。
結論
本件敷引特約は、消費者契約法10条により無効であるということはできない。したがって、賃借人の返還請求は認められない。
実務上の射程
敷引金の額が賃料の数倍程度(概ね2〜3.5倍程度)であれば適法とされる可能性が高いが、具体的な補修費用の想定額や他の一時金との合算で判断される。答案上は、まず10条前段(義務加重)を肯定した上で、後段(信義則違反)のあてはめで、賃料倍数や一時金の有無といった考慮要素を具体的事実に即して検討する枠組みとして用いる。
事件番号: 平成16(受)1573 / 裁判年月日: 平成17年12月16日 / 結論: 破棄差戻
1 賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには,賃借人が補修費用を負担することになる上記損耗の範囲につき,賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識して,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されてい…
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