殺人,現住建造物等放火の公訴事実について,間接事実を総合して被告人が犯人であるとした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決は,認定された間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとは認められないなど,間接事実に関する審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあり,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。 (補足意見,意見,反対意見がある。)
殺人,現住建造物等放火の公訴事実について間接事実を総合して被告人を有罪とした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例
刑法108条,刑法199条,刑訴法317条,刑訴法411条1号,刑訴法411条3号,刑訴法413条本文
判旨
情況証拠により犯人性を認定するには、単に被告人が犯人であるとすれば矛盾なく説明できるだけでは足りず、被告人が犯人でないならば合理的に説明できない(又は説明が極めて困難な)事実関係が含まれることを要する。本件では、犯人性推認の柱となった吸い殻の発見状況や変色原因等に関する審理が不十分であり、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証があるとはいえない。
問題の所在(論点)
直接証拠がない状況下で、複数の間接事実を総合評価することにより、刑事裁判における有罪認定の基準である「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」がなされたといえるか(犯人性の認定の可否)。
規範
刑事裁判における有罪の認定には、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。直接証拠がなく、情況証拠(間接事実)によって事実認定を行う場合、それらの事由を総合して、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する。
重要事実
大阪市内のマンションで母子が殺害・溺死させられ、室内に放火された事案。被告人は被害者の親族(夫の養父)であった。検察官は、現場階段の灰皿から被告人のDNA型と一致する吸い殻が発見されたこと、付近での車両目撃情報、被害者への恋慕や憤りといった動機、事件当日の不自然な行動やアリバイの欠如などを間接事実として主張。一審・二審はこれらを総合して有罪(二審は死刑)としたが、被告人は犯行当日現場に立ち入ったこと自体を否定し、無罪を主張していた。
あてはめ
最重要の事実とされる吸い殻(ラーク)について、被告人は「以前渡した携帯灰皿の内容物を被害者が捨てた可能性がある」と反論していた。判決文によれば、当該吸い殻は採取時に既に著しく変色しており、これは唾液だけでなく水濡れや長期間の放置を示唆するものであるが、一審・二審は消火活動等の影響や他の吸い殻の状況を十分に精査せず、被告人の反論を排斥した。また、動機についても「怒りを爆発させてもおかしくない状況」との抽象的な評価に留まり、携帯電話の電源オフ等も突発的犯行とされる本件の性質と矛盾し得る。これら各事実は、被告人が犯人であることを前提とすれば矛盾しないものの、「被告人が犯人でないとすれば説明困難」なレベルにまでは達していない。
結論
被告人が本件各犯行を犯したと認めるには合理的な疑いが残る。一審・二審の事実認定には審理不尽・事実誤認の疑いがあり、これらを維持することは著しく正義に反する。原判決及び第一審判決を破棄し、大阪地裁に差し戻す。
実務上の射程
間接事実のみで有罪を認定する際のハードル(いわゆる「消去法」的推認の厳格化)を示した重要判例である。司法試験においては、犯人性が争点となる問題で、問題文中の複数の間接事実を「総合評価」する際の法的指標として、この「被告人が犯人でないならば説明困難か」という規範を明示し、個別の事実(DNA、動機、アリバイ等)を具体的にあてはめる際に用いる。
事件番号: 平成22(あ)174 / 裁判年月日: 平成24年2月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白の信用性を判断する際、自白を補強する状況証拠や捜査官以外の者に対する告白等の事情が認められる場合であっても、犯行動機の形成過程や犯行態様(灯油の飛散等)に客観的証拠と相容れない不自然・不合理な点があるときは、自白の信用性を否定し無罪とした原判断を不合理とはいえない。 第1 事案の概要:…
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現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を,その法定刑の枠内で,量刑上考慮することは許される。
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