他人の物の賃貸借において、賃貸人がその物の所有者に対抗できる何らの権限をも有しないため、賃借人が、その物に対する使用収益に関して、現実に所有者から不法占有を理由とする損害賠償の請求等を受けて、その責に任じなければならない事態となつたときは、賃借人は賃貸人に対する賃料の支払を拒否し得るものと解すべきである。
他人の物の賃貸借において賃借人が賃料支払を拒否できるとされた事例
民法576条,民法533条
判旨
他人の物の賃貸借において、賃貸人が所有者に対抗し得る権原を失い、賃借人が所有者から損害賠償請求等を受けてその責任を負うべき事態となった場合、賃貸人が当該責任を免れさせない限り、賃借人は賃料の支払を拒絶できる。
問題の所在(論点)
他人の物の賃貸借において、賃貸人が所有者から目的物の返還や損害賠償を求められ、賃借人が所有者に対して法的責任を負う状況が生じた場合、賃借人は賃貸人に対し賃料の支払を拒絶できるか。
規範
他人の物の賃貸借は債権契約として有効であるが、賃貸人は賃借人に対し、適法な状態で使用収益させる義務を負う。賃貸人が所有者に対抗できる権原を有しないため、賃借人が所有者から不法占有を理由とする損害賠償請求等を受け、その責任を負わなければならない事態に至ったときは、双務契約における公平の原則に照らし、賃貸人が賃借人の責任を免れさせない限り、賃借人は債務の本旨に従った履行がないものとして賃料の支払を拒絶できる。
重要事実
上告人は訴外Cから家屋を買い受けたが、代金不払により売買契約を解除された。その後、上告人は当該家屋を被上告人に賃貸したが、所有者であるCは、被上告人に対し家屋明渡しと賃料相当額の損害賠償を求める訴えを提起した。被上告人はこれに応じる趣旨の裁判上の和解をCとの間で成立させた。上告人は、賃貸借契約締結時に自らが所有権を有すると信じていたと主張し、被上告人に対し賃料の支払を求めた。
あてはめ
本件では、上告人の代金不払によりCとの売買契約が解除されており、上告人はCに対抗できる権原を喪失している。賃借人である被上告人は、真の所有者であるCから不法占有に基づく損害賠償請求を受け、裁判上の和解によってその支払義務を認めるに至っている。上告人がこの被上告人の義務を免れさせる措置を講じない以上、賃貸人としての義務(適法に使用収益させる義務)が本旨に従って履行されているとはいえない。上告人が善意であったとしても、この結論は左右されない。
結論
被上告人は、上告人に対して本件賃料の支払を拒絶できる。したがって、上告人の賃料請求は認められない。
実務上の射程
他人物賃貸借における賃貸人の債務不履行責任と賃借人の同時履行の抗弁権(または拒絶権)を認めた射程を有する。単に所有権がないだけでなく、所有者からの具体的請求により賃借人の使用収益が法的に不安定となった局面で適用される。答案上は、賃料支払債務の消滅(履行不能)ではなく、まず「支払拒絶権」の成否を論ずる際の根拠として活用すべきである。
事件番号: 昭和38(オ)679 / 裁判年月日: 昭和39年10月8日 / 結論: 棄却
家賃の支払いとその受取証書の交付とは同時履行の関係にあると解すべきであるが、借家人が受取証書の交付を受けないで異議なく家賃の支払いをした場合には、さきに支払つた家賃について受取証書の交付のないことを理由として、その後の家賃の支払いを拒絶することはできない。