双務契約において、相手方が債務の履行を提供しても他の一方が債務を履行しないことが明確な場合には、相手方が債務の履行を提供しなくても、他の一方は、その債務不履行の責を免れない。
当事者の一方が履行を提供しても他方が履行しない意思が明確な場合の同時履行の抗弁権の成否。
民法533条
判旨
同時履行の関係にある双務契約において、債務者一方がその債務を履行しない意思を明確にしている場合には、他方当事者が履行の提供をしていなくても、当該債務者は債務不履行責任を免れない。
問題の所在(論点)
同時履行の関係にある債務において、一方の当事者が履行を拒絶する意思を明確にしている場合、他方の当事者が履行の提供をしなければ相手方を履行遅滞に陥らせることはできないか。また、賃料名目の供託金受領が契約の存続承認にあたるか。
規範
同時履行の抗弁権(民法533条)が認められる場合であっても、一方がその債務を履行しない意思を明確に表示しているときには、相手方は履行の提供(民法492条・493条)をすることなく、相手方の債務不履行責任を追及することができる。また、賃料として供託された金員を受領した場合であっても、受領に先立ち損害賠償の内入金として受領する旨を明示していれば、賃貸借契約の存続を承認したものとはみなされない。
重要事実
上告人と被上告人の先代Dとの間で、Dによる50万円の支払と引き換えに、上告人が建物及び敷地を明け渡す旨の和解が成立した。しかし、上告人は和解の無効を主張して強制執行に対する請求異議の訴えを提起し、上告審に至るまで徹底して明渡しを拒絶する態度を示した。一方、被上告人らは50万円の提供を行わなかったが、上告人が賃料として供託した金員を「明渡義務不履行による損害賠償の内入弁済」として受領すると事前に申し入れた上で受領した。
あてはめ
上告人は、和解成立後その無効を主張し、明渡期限前より請求異議の訴えを提起して敗訴してもなお上訴を重ねるなど、明渡義務の存在を極力争っていた。この態度に鑑みれば、被上告人らが50万円を提供しても上告人が受領を拒絶することは明らかであり、その翻意も期待しえない状況にあったといえる。したがって、被上告人らが現実の提供をせずとも、履行拒絶の意思を明確にしていた上告人は、同時履行の抗弁権をもって履行遅滞の責任を免れることはできない。また、供託金受領についても、事前に損害賠償の内入弁済としての受領であることを明示している以上、対価たる賃料として受領したとは解されず、契約存続の承認には当たらない。
結論
被上告人らが履行の提供をしていなくても、上告人は建物の明渡義務について履行遅滞の責を負い、損害賠償義務が発生する。
実務上の射程
同時履行の抗弁権を奪う「履行拒絶」の法理を確認した事例。司法試験においては、債務不履行(解除や損害賠償)が問題となる場面で、相手方に同時履行の抗弁権がある場合の「履行の提供」の要否について、本判例を根拠に「相手方が履行拒絶の意思を明確にしている」という事実を拾って、履行の提供を不要とする論理として活用する。
事件番号: 昭和34(オ)217 / 裁判年月日: 昭和36年6月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】同時履行の関係にある双務契約において、債務の履行場所について明黙の合意が認められる場合、その場所において履行の提供をなさなければ、相手方を履行遅滞に陥らせることはできない。 第1 事案の概要:上告人(売主)と被上告人(買主)は、山林の売買契約を締結し、売買残代金180万円を山林の所有権移転登記と引…